2024年 1月
1.マウスで睡眠を妨げるとサイトカインストーム様の症状が発生する
2.ヒゲペンギンは1日に数千回も眠る
3.初の「ゲノム編集」治療が英米で承認される
4.トカゲやアホロートルの味覚はヒトより繊細?
5.デンキウナギの放電で遺伝子導入が起きる
6.イブキノエンドウは在来種だった
7.本の紹介:「匂いが命を決める」
8.本の紹介:「熟睡者」
9.本の紹介:「東京大学三崎臨海実験所: その歴史と未来へ向けて」
2024年 2月
1.ペットボトル中のプラスチック粒子
2.最古のチラコイドの発見
3.大型類人猿ギガントピテクスの絶滅の原因
4.「朝型」はネアンデルタール人の遺伝子が関与?
5.ハンドウイルカは電場を感じる
6.本の紹介:「ダーウィンの呪い」
2024年 3月
1.禁煙しても免疫応答の変化は何年も続く
2.光るペチュニアが米国市場に初登場
3.多形核白血球の核の形成
4.夜行性の虫が光に群がる理由
5.クマノミは縞模様を数えて相手を判断している?
6.侵入種のアリがライオンによるシマウマの捕食の減少を引き起こした
7.生態系へのラッコの影響が沿岸の侵食を抑制する
8.奈良公園の周辺部に京都や三重などのシカが流入
9.本の紹介:進化生物学者のエッセイ集2冊
10.本の紹介:和名と学名の雑学の本
11.本の紹介:「キツネを飼いならす」
2024年 4月
1.体に入ったナノプラスチックは心臓発作や早期死亡の原因に?
2.ゲノム編集ベビーの作成者・賀建奎氏研究再開
3.染色体上で2本鎖DNA切断を修復する仕組みを解明
4.アシナシイモリの授乳
5.キクガシラコウモリは「ドップラー効果」を利用
6.サルの脳に「足し算、引き算細胞」発見
7.本の紹介「細胞‐生命と医療の本質を探る」
2024年 5月
1.「ルーシー」発見50年
2.長寿命のRNAの存在
3.胚の細胞分裂の謎を解明
4.ドクチョウの同所的な雑種種分化
5.窒素固定を行う細胞小器官ニトロプラスト
6.脊椎動物の体制をつくる細胞群の進化的起源
7.伝統野菜の「在来品種データベース」公開
8.1500年前の中国皇帝の顔をDNAから復元
9.オキシトシンによるオスネコの行動変化
2024年 6月
1.マウスの母乳中の抗体 子の脳にも届く
2.ヒト iPS 細胞から前精原細胞及び卵原細胞を⼤量誘導
3.交雑オオサンショウウオ、「特定外来生物」に
4.ニジマスにサケの卵を産ませる
5.発光生物は5億4000万年前から存在していた
6.ラッコは道具を使うことで採餌成功率が上がる
2024月 7月
1.ブリッジRNAが橋渡しするDNA組換え
2.ゴキブリの求愛行動にフェロモンが果たす役割を解明
3.蚊が腹八分目で血を吸うのを止める謎を解明
4.常緑植物は葉の寿命を季節で変える
5.樹木が生息する土壌に特有の微生物が落葉を効率的に分解
6.外来種の在来種への影響を「ゲノム解析」で明らかに
7.本の紹介:新しい免疫入門 第2版
8.本の紹介:ウイルスは「動く遺伝子」
9.本の紹介:サルと哲学者
2024年 8月
1.メラミンスポンジから大量のマイクロプラスチックが
2.魚の「首の骨」の数は1個だけ
3.コモドドラゴンの歯は鉄でコーティングされている
4.新型コロナに感染した細胞だけを攻撃する「キラーT細胞」作製に成功
5.在来種以外のオオサンショウウオなどを特定外来生物に指定
2024年 9月
1.科学技術指標2024・日本は相変わらず低迷
2.ノートはタブレットより暗記学習には向いている?
3.深海で作られる「暗黒酸素」
4.エウロパやエンケラドゥスの地表近くでの生命の可能性
5.70万年前のフローレス原人の上腕骨化石
6.木の樹皮の微生物がメタンを吸収している
7.現生の肺魚のゲノム比較
8.軟体動物の骨格の起源を知る手掛かり
9.本の紹介「しっぽ学」
10.本の紹介「なぜテンプライソギンチャクなのか」
11.本の紹介「DNAとはなんだろう」
2024年 10月
1.奄美大島のマングース、根絶を宣言
2.チリメンモンスター中にフグが混入
3.イースター島で起こったことを遺伝子解析で調べる
4.「マリモ」東京周辺で続々発見
5.哺乳類の「腸呼吸」を発見-今年のイグ・ノーベル賞
6.ヒトはデンプンをより消化しやすいように進化してきた
7.生きたマウスの皮膚を透明化
8.オスの蚊は羽音でメスを判別
9.本の紹介「なぜ鏡は左右だけ反転させるのか」
10.本の紹介「命をつなぐ、献血と骨髄バンク」
2024年 11月
1.葉緑体を動物培養細胞に移植
2.PFASが子どもの「染色体異常」に関連する可能性
3.ノーベル生理学・医学賞:線虫から「マイクロRNA」の発見
4.本の紹介:RNAの科学
5.本の紹介:「Y」の悲劇
2024年 12月
1.タンパク質の立体構造をAIで予測
2.イルカの呼気からマイクロプラスチック検出
3.PFASを水から除去する簡単な方法
4.魚は鏡に映った自分を認識する?
5.ホヤにも神経堤が存在
6.辛さを抑えたハバネロの開発
7.東京都で128年ぶりにボルボックスが発見される
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2024年 1月
1.マウスで睡眠を妨げるとサイトカインストーム様の症状が発生する
2.ヒゲペンギンは1日に数千回も眠る
3.初の「ゲノム編集」治療が英米で承認される
4.トカゲやアホロートルの味覚はヒトより繊細?
5.デンキウナギの放電で遺伝子導入が起きる
6.イブキノエンドウは在来種だった
7.本の紹介:「匂いが命を決める」
8.本の紹介:「熟睡者」
9.本の紹介:「東京大学三崎臨海実験所: その歴史と未来へ向けて」
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1.マウスで睡眠を妨げるとサイトカインストーム様の症状が発生する
中国の研究チームによって、マウスの眠りを妨げる方法が開発され、全く睡眠が
取れないとサイトカインストームが起きて4日後には死に至ることが示された。
マウスの行動をビデオ撮影で詳細に観察したところ、眠りで意識が失われると鼻
が下向きの体勢に陥ることが新たにを発見された。そのため、マウスをくるぶしま
で水につからせて生活させると、眠り始めると鼻が水に浸かって息ができないた
め睡眠が続けられなくなる。この方法で睡眠を取らせないと何が起こるのかを調
べたところ、肝臓や肺、そして脾臓にまで血液浸潤がおこり、組織構造の破壊が起
こっていることが分かった。これはサイトカインストームと呼ばれる状態に近いと
考え、血中のサイトカインを調べると予想通り IL-6、IL-17A を中心にサイトカイ
ンストームが起こっていることも分かった。欧州ではできない実験方法とも思う。
睡眠がいかに重要であることが示されたことになる。
Prolonged sleep deprivation induces a cytokine-storm-like syndrome in mammals
Cell VOLUME 186, ISSUE 25, P5500-5516.E21,
Published:November 27, 2023 DOI:https://doi.org/10.1016/j.cell.2023.10.025
https://www.cell.com/cell/pdf/S0092-8674(23)01176-5.pdf
2.ヒゲペンギンは1日に数千回も眠る
フランスの神経科学研究センターと韓国の極地研究所の研究チームによって、野
生のペンギンに GPS とともに脳内電極を設置して測定が行われた。その結果、野
生では営巣中のヒゲペンギンPygoscelis antarcticusは1日に11時間以上も睡眠を
取っているが、1回で取っているわけではなく、平均4秒ほどのマイクロスリープ
を10,000回以上も取って、1日に11時間以上の睡眠を蓄積していることがわかっ
た。長時間眠ると巣や子供たちを危険にさらしてしまうので、この方法はビゲペン
ギンにとって有利な睡眠方法であると考えられる。
Nesting chinstrap penguins accrue large quantities of sleep through seconds-long microsleeps
SCIENCE 30 Nov 2023 Vol 382, Issue 6674 pp. 1026-1031
DOI: 10.1126/science.adh0771
https://www.science.org/doi/10.1126/science.adh0771
3.初の「ゲノム編集」治療が英米で承認される
「ゲノム編集」CRISPR/Cas9(クリスパー・キャスナイン)技術を応用した世界
初の遺伝子治療が、英国と米国で相次いで承認された。この遺伝子治療は、
「CASGEVY(一般名=Exa―cel)」で、米企業「バーテックス・ファーマシューテ
ィカルズ」とスイスの「クリスパー・セラピューティクス」が共同開発した。 英
国では11月16日、米国では12月8日、それぞれの規制当局から承認された。英
国で承認された対象は、「鎌状赤血球症」と「β(ベータ)サラセミア」の二つの
病気だ。米国では鎌状赤血球症について承認され、今後、βサラセミアについて
も承認の可否が判断されることになる。どちらも、赤血球のヘモグロビンの異常に
よるもので、貧血などの症状が出る。治療の流れとしては、造血幹細胞を患者の骨
髄からとり出し、ゲノム編集によって正常な遺伝子に改変して骨髄に戻す。 臨床
試験では、鎌状赤血球症の患者29人のうち28人が、治療後少なくとも1年、重
度の痛みから解放された。βサラセミアでは、患者42人のうち、39人が治療後
少なくとも1年、輸血が必要なくなったという。
4.トカゲやアホロートルの味覚はヒトより繊細?
哺乳類には5つの基本的な味覚(旨味、甘味、苦味、塩味、酸味)があり、舌に
ある味覚受容体で感知している。ヒトの場合、旨味受容体はTAS1R1とTAS1R3、
甘味受容体はTAS1R2とTAS1R3という遺伝子から作られる。ゼブラフィッシュ
などの硬骨魚類でも、旨味と甘味の受容体は同様に3種類の遺伝子から作られる
ので、脊椎動物に共通のしくみと考えられてきた。しかし、他の魚類で味覚受容体
に関与する他の遺伝子が見つかって、従来説の見直しが検討されていた。今回、近
畿大学ほかの研究グループにより、シーラカンス、ハイギョ、アホロートル、ポリ
プテルス、ゾウギンザメなどの幅広い脊椎動物のゲノム情報からTAS1R遺伝子を
すべて収集して解析したところ、従来知られていた3種類の遺伝子以外のTAS1R
遺伝子群(TAS1R4~TAS1R8)が発見された。また、TAS1R2とTAS1R3も、そ
れぞれTAS1R2AとTAS1R2B、およびTAS1R3A、TAS1R3B、TAS1R3Cという
5つの別々の遺伝子であることが判明した。このことから、脊椎動物全体でTAS1R
遺伝子グループは11種類の遺伝子から構成されることが分かった。脊椎動物の祖
先では9種類のTAS1R遺伝子を持っていたが、その後の進化の過程でTAS1R遺
伝子は徐々に失われ、哺乳類で3種類、メダカやゼブラフィッシュでは3種類(哺
乳類とは一部異なる)が残されたことになる。トカゲでは5種類、アホロートルは
7種類のTAS1R遺伝子が残っているので、ヒトより豊かな味覚を持っていると言
える?
A vertebrate-wide catalogue of T1R receptors reveals diversity in taste perception
Nature Ecology & Evolution (2023) Open access Published: 13 December 2023
https://www.nature.com/articles/s41559-023-02258-8
https://www.a.u-tokyo.ac.jp/topics/topics_20231213-1.html
5.デンキウナギの放電で遺伝子導入が起きる
名古屋大学の研究グループによって、デンキウナギの放電が周囲の小魚の幼生の
遺伝子が改変される(遺伝子導入)ことが示された。デンキウナギ(Electrophorus
sp.)は、南米北部に生息する近縁の熱帯淡水魚で、電気的インパルスを利用して
交尾相手を見つけ、求愛し、獲物を探す。最大で860Vの放電が可能で、成人のヒ
トをも気絶させることができる能力をもつ。「光る大腸菌」を作る遺伝子導入実験
では、プラスミドをヒートショックによって大腸菌に取り込ませるが、遺伝子導入
に電気ショックを用いることもある。デンキウナギの放電でも可能ではないかと
以前から言われていたようだが、今回実験で証明された。実験室で育てたゼブラフ
ィッシュの幼魚を、GFPをコードする遺伝子マーカーと一緒にDNA溶液に入れ
た。次に、同じ水槽にデンキウナギを入れ、餌に食いつかせることで電気を放電さ
せた。その結果、ゼブラフィッシュの5%が緑色に蛍光を発することにより、遺伝
子導入が実際に行われたことが示された。
Electric organ discharge from electric eel facilitates DNA transformation into teleost larvae in laboratory conditions
PeerJ 11(1):e16596 December 4, 2023
https://peerj.com/articles/16596/
6.イブキノエンドウは在来種だった
織田信長が招いた南蛮人宣教師が、欧州から持ち込んだとされてきたマメ科の
イブキノエンドウVicia sepiumが実は在来種だったと、滋賀県立大学などの研究
チームが発表した。織田信長はポルトガル人宣教師フランシスコ・カブラル
(Francisco Cabral)を安土城に招待し、滋賀、岐阜両県にまたがる伊吹山に薬草
園を開く許可を与えたという伝説があり、イブキノエンドウはその際に持ち込ま
れたと考えられてきた。欧州からユーラシア大陸に広く分布するイブキノエンド
ウの分布が日本ではほぼ伊吹山と北海道に限られており、牧野富太郎氏もこの説
を支持していたので広く信じられてきたという。研究チームはゲノムDNAの解析
を行い、ドイツやロシアにあるイブキノエンドウに対し、伊吹山と、わずかに残る
北海道のイブキノエンドウは明確に系統が分かれていることを示した。欧州から
伊吹山に持ち込まれたとの説は明確に否定されるという。
Phylogenetic, population structure, and population demographic analyses reveal that Vicia sepium in Japan is native and not introduced
Scientific Reports volume 13, Article number: 20746 (2023)
Open access Published: 25 November 2023
https://www.nature.com/articles/s41598-023-48079-4
https://www.pref.shiga.lg.jp/kensei/koho/e-shinbun/oshirase/335020.html
7.本の紹介:「匂いが命を決める」
「匂いが命を決める──ヒト・昆虫・動植物を誘う嗅覚」 ビル・S・ハンソン (著),
大沢 章子 (翻訳) 亜紀書房 (2023/9/8)
https://www.akishobo.com/book/detail.html?id=1134
著者のビル・ハンソンはスウェーデン生まれの神経行動学者で、ドイツのマック
ス・プランク化学生態学研究所の所長。嗅覚と動物の行動について記されたオスス
メ本。生物教科書では嗅覚は詳しく載っていないが、ヒトの場合を考えても、視覚
(色彩)は3種の錐体視細胞からの情報、味覚は5種の味覚受容器からの情報が
もとになるが、嗅細胞には400種類の受容器があって多様な情報を処理している。
プラスチック(発明は1907年)などの消費などで、動物を取り巻く「匂い」の環
境は昔と今で大きく変化しているという。いろいろな事例がヒトや他の動物、さら
には植物までとりあげられている。
ハンソン氏が大学の講義で実践しているという「実験」が興味深い。《実験1》
学生に前日に香料のない石けんでシャワーを浴び、翌朝も香料や消臭剤を使わず
講義に出るように指示し、午前中の講義の始めにガーゼパットを配ってずっと両腋
に夾んでおく。ガーゼを取り出して一人ずつ別々のガラス瓶に入れ、性別のみ分か
るようにして回収する。集めたガラス瓶を性別を伏せて全員に匂いを嗅がせ、ガー
ゼの主の性別を判定させる。100%ではないが、80%の学生が性別を言い当てる。
《実験2》眼隠しして鼻から息を吸わないようにノーズクリップをして、ケチャッ
プとマスタードを舐めて判定する。誰も言い当てることができない。ケチャップと
マスタードは、甘味、塩味、酸味はほぼ同じ。
第11章のタイトルは「クリスマスアカガニ」となっているが、大半はヤシガニ
のことが書かれている。原書ではDie Krebse von der Weihnachtsinsel (クリスマ
ス島のカニ)となっている。クリスマス島のアカガニは有名だが(島内に1億匹い
る)、ヤシガニ(ヤドカリの仲間でカニではない)の世界最大の生息地であり、大
きなものは5kgになり、脚を広げると1m近くになるものもいるという。陸上最
大の甲殻類であるヤシガニは、脳のほぼ半分が匂いに関する情報処理に使われ、第
二触覚にも嗅細胞がある。高校在任中は毎年のように生きたヤシガニを沖縄から
取り寄せて生徒に見せていたが、確かに第二触角を常に動かしていた。
翻訳本の場合、いつも気になるのが邦訳のタイトルである。原題はDIE NASE
VORN Eine Reise in die Welt des Geruchssinns で、邦題とはほど遠い。副題は
「嗅覚の世界への旅」と簡単に訳せるが、本題はなかなか意味深い。Naseは「鼻」
でありvornは「先に」となるが、die Nase vorn haben で「トップに立つ」という
意味もあるようで、もう少し気の利いたものにできないのかと思う。邦訳者あとが
きにこの点が触れられていないのは、訳者の意とは違っているからなのか。
8.本の紹介:「熟睡者」
クリスティアン・ベネディクト (著), ミンナ・トゥーンベリエル (著), 鈴木ファ
ストアーベント理恵 (翻訳) サンマーク出版 (2023/7/21)
https://www.sunmark.co.jp/detail.php?csid=4071-5
図書館の「新着紹介」で出ていたので予約したが、人気が高く何ヶ月も待たされ
た。著者のクリスティアン・ベネディクトはスウェーデンの神経科学者で睡眠研究
者で、専門的な内容であると思われるが、共著者のミンナ・トゥーンベリエルは健
康関係のジャーナリストなので、「How to本」に近い。今号の研究紹介の最初に
あげた通り、「睡眠」は重要なことであり、この本でも色々紹介されている。よく
聞く内容も多いが、やたらに誇張され、科学的根拠はあまり書かれていない。「世
界的話題書」と謳っているが米Amazon.comではヒットしない。「新版 Sleep, Sleep,
Sleep」と書いてあるとおり、旧版は「Sleep, Sleep, Sleep」というタイトルで出て
いた(2020年出版)。スウェーデン語の原題は「Sömn, sömn, sömn」なので、直
訳のタイトルであったが、新版は「熟睡者」。中身はほとんど同じである。旧版に
は参考文献が載っていたが、新版では削除されている。この本を読むヒトには不用
である。訳本には、「訳者あとがき」があることが多いが、それもない。
9.本の紹介:「東京大学三崎臨海実験所: その歴史と未来へ向けて」
森澤正昭 (編集) 東京大学出版会 (2023/11/1)
https://www.utp.or.jp/book/b10033863.html
図書館の「新着紹介」に出ていたので早速借りた。日本生物教育学会のオプショ
ナルツアーで三崎臨海実験所に行くことになっているので、参考になると思った。
明治期に創立された三崎臨海実験所は、世界でも最も歴史の古い臨海実験所のひ
とつとして、日本における生物学の発展に大いに貢献してきた。創立から現在まで
の記録が記されている。明治時代の日本の生物学は東京大学が中心であり、NHK
の朝ドラ「らんまん」に出てきたように植物学教室では矢田部良吉が初代教授であ
った。しかし、動物学教室では、初代教授はモース(Edward Sylvester Morse)で
第二代教授はチャールズ・オティス・ホイットマン(Charles Otis Whitman)で御
雇アメリカ人だった。モースは大森貝塚で知られているが、実はシャミセンガイの
研究で来日した。第三代教授の箕作佳吉(みつくり かきち)は、朝ドラ「らんま
ん」では、イヤなヤツといった扱いであったが、東京大学三崎臨海実験所創設の中
心人物である。お雇い外人であるヒルゲンドルフやデーデルラインも三浦半島で
多くの動物を採集した。三浦半島は海産生物の宝庫として世界から注目されてい
たようで、この地に臨海実験所が作られた理由の一つである。
実は、Amazonで「三崎臨海実験所」を検索すると、この本の他に「三崎臨海実
験所を去来した人たち―日本における動物学の誕生」(磯野直秀著 学会出版セン
ター 1988/8/1)が出てくる。絶版なので購入は難しいが、図書館の書庫にあったの
で借りてきた。昭和期まではこちらの方がエピソードも多く載っている。図や写真
の出典も同じである。著者の磯野直秀氏は三崎臨海実験所で研究した経験もあり、
動物学史が専門なので、採集人の熊さんやオキナエビス(長者貝)の話も詳しく載
っている。それに対し、今回出た本の著者・編者は最近の「所長」なので事実の記
載は正確に淡々と記載されているが感がある。
Amazonでは、さらに、「ナポリ臨海実験所―去来した日本の科学者たち」中埜
栄三, 横田幸雄、東海大学出版会 1999/7/1)もヒットする。この本は、私が中埜先
生から直接いただいたもので久しぶりに引っ張り出した。ややローカルな感じも
するが、箕作佳吉とナポリ臨海実験所の開設者ドーソンのところは磯野直秀氏に
よって詳しく書かれている。この本に登場する研究者の何人かは私も直接知ってい
るので当然のことながら親しみやすい。
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2024年 2月
1.ペットボトル中のプラスチック粒子
2.最古のチラコイドの発見
3.大型類人猿ギガントピテクスの絶滅の原因
4.「朝型」はネアンデルタール人の遺伝子が関与?
5.ハンドウイルカは電場を感じる
6.本の紹介:「ダーウィンの呪い」
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1.ペットボトル中のプラスチック粒子
いずれは調べられるとは思っていたが、やはり、ペットボトル飲料の中にもマイク
ロプラスチックやナノプラスチック(1マイクロメートル未満の微粒子)が含まれて
いることが報告された。2018年にはペットボトル飲料水1リットル当たり平均325
個のマイクロプラスチック粒子が検出されたとの報告があるが、ナノプラスチックに
ついては調べられていなかった。
米コロンビア大学の研究チームが米国で人気のある3種類のペットボトル飲料水を
調べたところ、1リットル当たり11万~37万個のプラスチック粒子が検出された。
検出された粒子の90%はナノプラスチックで、残りはマイクロプラスチックだったと
いう。ナノプラスチックは非常に小さいため、消化器官や肺を通過して直接血流に入
り、脳や心臓などの臓器に到達することになる。昨年掲載された論文では、1日に2
リットルのペットボトル入り飲料水を飲む人は、年間約4兆個のナノプラスチックを
摂取することになるとされた。2021年にはナノプラスチックは代謝障害を引き起こ
すという研究も発表されているという。
プラスチックが工業化は1909年のベークライトと言われていているが、ペットボ
トルは1974年にペプシコーラの容器に採用されたのが最初だという。つまり、飲料
の容器としてはペットボトルは50年以前にはなかったことになる。以前は、ミネラ
ルウォーターはガラス瓶に入っていて、開けるには栓抜きが必要だった。1997年にウ
ズベキスタンに行った時、旅行直前にツアーガイドから「栓抜きを持参してください」
と連絡があった。実際に行って見るとペットボトルになっていて使わなかったが、重
いガラス瓶に比べると軽量なペットボトルが急速に広まっていった時期だったと言
える。いずれにしても、50年前にはなかった物質が体内に入り込んでいることは間違
いなく、しかも全身に及ぶとなれば何らかの影響が出てもおかしくない。
ところで、「リットル」は現在の教科書では「L」と表記されているが、2011年の
教科書からの変更なので、昔流の筆記体のl(エル)を使うと、今の生徒・学生は読
めないどころか書き写せないことになる。筆記体は米国でも習っていない状況であっ
たため日本でも2002年の「ゆとり」から外された。しかし、欧州では筆記体も習っ
ていて、最近では米国でも復活の傾向にあるという。2024年1月1日から米カリフ
ォルニア州では小学生に筆記体の指導を義務付ける法律が施行された。
Rapid single-particle chemical imaging of nanoplastics by SRS microscopy
PNAS 121 (3) e2300582121 January 8, 2024
https://doi.org/10.1073/pnas.2300582121
https://www.pnas.org/doi/10.1073/pnas.2300582121
2.最古のチラコイドの発見
チラコイドは葉緑体や一部のシアノバクテリアが持つ構造であり、光合成の反応の
場である。ベルギーの研究チームによる電子顕微鏡を使った解析により、17億5000
万年前の化石細胞にチラコイド膜が見いだされ、地球で光合成が始まり、酸素環境が
形成されるきっかけになったチラコイド膜をもつシアノバクテリアは17億5000万
年前には存在していたことが示された。現生のシアノバクテリアには、チラコイドを
持たないグロエオバクター属(Gloeobacter)様のものと、チラコイド膜を獲得したそ
れ以外のものが存在する。これらが分岐した時期は、分子時計と系統発生に基づいて
間接的に27億~20億年前と推定されている。
Oldest thylakoids in fossil cells directly evidence oxygenic photosynthesis
Nature volume 625, pages529–534 (2024) Published: 03 January 2024
https://www.nature.com/articles/s41586-023-06896-7
3.大型類人猿ギガントピテクスの絶滅の原因
身長が約3 m、体重が200~300 kgある史上最大の霊長類ギガントピテクス
Gigantopithecus blackiは、200万年前の中国に生息していたが約21万5000年前に
絶滅した。ギガントピテクスはかつてヒト科のメンバーであると考えられたが、現在
ではオランウータンに近縁であると考えられている。アジアにおいて過去260万年間
に絶滅した大型類人猿は数少なく、オランウータンなどの他の類人猿が現在まで生き
延びていることを考えると、ギガントピテクスの絶滅の理由は謎であった。この度、
中国やオーストラリアの国際研究チームによってその原因が推定された。研究チーム
は、中国南部の22カ所の洞窟から化石を収集して年代を測定し、花粉分析の結果と
照らし合わせた。その結果、230万年前の環境は林冠の閉じた密林と草原によって構
成され、ギガントピテクスに理想的なものとなっていたが、29万5000〜21万5000
年前には疎林化が進み、森林の植物群落が変化したことが見いだされた。これはギガ
ントピテクスの食物の多様性の低下につながり、化石にはこの時期にストレスが強ま
り個体数が減少した兆候が認められた。研究チームはギガントピテクスは変化する環
境に適応できなかったと推定している。
The demise of the giant ape Gigantopithecus blacki
Nature volume 625, pages535–539 (2024) Open access Published: 10 January 2024
https://www.nature.com/articles/s41586-023-06900-0
4.「朝型」はネアンデルタール人の遺伝子が関与?
「早起き」の「朝型」のヒトでは、ホモ・サピエンスの祖先と交配したネアンデル
タール人の遺伝子が働いている可能性があることが、米国の研究チームによって示さ
れた。研究チームによると、ヒトが朝型かどうかは、概日時計と関連していて、概日
時計が短いと、日照時間が長い夏の間、覚醒・睡眠サイクルを光などの外的な合図に
すばやく体を合わせられるため、高緯度地域に住んでいたネアンデルタール人にとっ
て有益だったとみられる。一方、7万年前にアフリカからユーラシア大陸に初めて移
住したホモ・サピエンスの祖先は、日照と気温の季節変動が大きい高緯度地域に適応
する必要があった。研究チームはまず、概日時計に関連するとされる246個から、現
生人類とネアンデルタール人それぞれに特有の変異を数百個特定。UKバイオバンク
の数十万人のデータから、こうした遺伝子変異が覚醒と睡眠のリズムに関連している
かどうかを調べた。その結果、現生人類がネアンデルタール人から受け継いだ遺伝子
変異は「朝型(早起き)の傾向を一貫して強める」ことが示されたという。
Archaic Introgression Shaped Human Circadian Traits
Genome Biology and Evolution, Volume 15, Issue 12, December 2023, evad203,
https://doi.org/10.1093/gbe/evad203
https://academic.oup.com/gbe/article/15/12/evad203/7457904
5.ハンドウイルカは電場を感じる
世界で最もよく見られるイルカであるハンドウイルカTursiops truncatus(バンド
ウイルカともいう)が、他の多くの水生生物と同じように電気を感知できることが確
認された。ドイツの研究チームはニュルンベルク動物園と協力し、現在飼育されてい
る6頭のイルカを対象とした。イルカたちに水中の金属バーにあごを乗せるトレーニ
ングした後に、その金属バーのところに電場を設置して、イルカたちには電気を感じ
たら5秒以内に泳いで離れるようにトレーニングした。その後、電場の強度をだんだ
ん下げ、イルカの感度をテストした。その結果、ハンドウイルカが確かに電気を感知
できることがわかったが、個体差も大きいこともわかった。ハンドウイルカの電気感
知能力は、サメほど強力ではないが、数センチ以下の堆積物の下に隠れている魚を見
つけるのに十分に役っていると考えられるという。
Dolphins have a feel for electric fields
RESEARCH HIGHLIGHT 30 November 2023
https://www.nature.com/articles/d41586-023-03750-8
Passive electroreception in bottlenose dolphins (Tursiops truncatus): implication for micro- and large-scale orientation Icon for The Forest of Biologists
J Exp Biol (2023) 226 (22): jeb245845. 30 NOVEMBER 2023
https://journals.biologists.com/jeb/article/226/22/jeb245845/334721/Passive-electroreception-in-bottlenose-dolphins
6.本の紹介:「ダーウィンの呪い」
ダーウィンの呪い (講談社現代新書) 千葉 聡 (著) 2023/11/16
https://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000382683
図書館で借りてきたが、丸善に行って購入した今年最初の本。
1月の日本生物教育学会での長谷川眞理子氏の特別講演でも取り上げられたが、「進
化する大学」「進化する初年次教育」「進化する都市」・・・「進化=進歩、という使い
方は間違っている」と生物教育関係では言われてきた。しかし、社会一般では「進化
=進歩」で使われており(用例が辞書にも載っている)、「間違っている」と言うより
「生物の『進化』は違う」と生徒や学生に言った方が現実的であろう。この本には、
evolutionという語はダーウィン以前にも「進歩」のような使われ方がされていて、ダ
ーウィンはあえてevolutionを使わずtransmutationを使っていた(「種の起原」では
evolutionは使われていない)とも書かれている。「適者生存」についても詳しく書か
れている。数々の誤解がふくらんで「呪い」となっているという展開で、後半は「優
生学」やナチスの人種差別にも及んでいる。ヒトのゲノム編集は新たな優生学につな
がっているのではないかという流れで話は進む。著者の専門は進化生物学と生態学で、
「歌うカタツムリ-進化とらせんの物語」や他の著書もある。
「進化のからくり 現代のダーウィンたちの物語」 (ブルーバックス) 2020/02/13
「歌うカタツムリ-進化とらせんの物語」(岩波科学ライブラリー) 2017/06/14
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2024年 3月
1.禁煙しても免疫応答の変化は何年も続く
2.光るペチュニアが米国市場に初登場
3.多形核白血球の核の形成
4.夜行性の虫が光に群がる理由
5.クマノミは縞模様を数えて相手を判断している?
6.侵入種のアリがライオンによるシマウマの捕食の減少を引き起こした
7.生態系へのラッコの影響が沿岸の侵食を抑制する
8.奈良公園の周辺部に京都や三重などのシカが流入
9.本の紹介:進化生物学者のエッセイ集2冊
10.本の紹介:和名と学名の雑学の本
11.本の紹介:「キツネを飼いならす」
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1.禁煙しても免疫応答の変化は何年も続く
免疫応答は個人ごとに大きく異なり、年齢、性、遺伝的要因によって異なってい
る。しかし、サイトカインの分泌にそうした差異を生じさせている要因については
よく分かっていない。フランスの研究チームにより、136の変数を調べた結果、喫
煙、サイトメガロウイルス(ヘルペスウイルスの一種)潜伏感染、BMI(ボディー
マス指数)がサイトカイン応答の変動に大きく関わり、その影響の大きさは年齢、
性、遺伝的性質と同程度であることが明らかになった。喫煙は、自然免疫応答と適
応免疫応答の両方に影響を与えることが分かった。特に、自然免疫応答への影響は
禁煙後速やかに消失するが、適応免疫応答への影響は禁煙後も長く持続し、エピジ
ェネティック記憶と関連していることも明らかになった。
Smoking changes adaptive immunity with persistent effects
Nature volume 626, pages827–835 (2024) Published: 14 February 2024 Open access
https://www.nature.com/articles/s41586-023-06968-8
2.光るペチュニアが米国市場に初登場
生物発光キノコNeonothopanus nambiの遺伝子を導入したペチュニアが米国で
販売されることになった。このペチュニアの花は日中には白く見えるが、暗闇の中
では、植物はかすかな緑色に輝くという。アイダホ州サンバレーのバイオテクノロ
ジー企業Light Bioは、4月に50,000鉢の光るペチュニアの出荷を開始する予定
とのこと。基本費用は$29.00。キノコの遺伝子をペチュニアに挿入することで、カ
フェイン酸をルシフェリンに変換、それをカフェイン酸にリサイクルする酵素を
ペチュニアが産生することを可能にしたことで、持続的な生物発光を可能にした
という。
Glow way! Bioluminescent houseplant hits US market for first time
https://www.nature.com/articles/d41586-024-00383-3
https://light.bio/
3.多形核白血球の核の形成
好中球、好酸球、好塩基球の核はいくつかつながったように見える。そのため、
これらは多形核白血球ということがある。以前は「白血球は多核」との記載もみ
られた(実際には複数の核があるわけではない)。この多形核構造がどのように組
み立てられるかは不明のままであったが、米国の研究チームによって、多形核構造
が形成される過程の一端が示された。好中球前駆細胞においては、クロマチンを引
き寄せてDNAループを形成する過程で「ループ押し出しloop extrusion」が停止
することによって「多形核」となるとのことである。
Nuclear morphology is shaped by loop-extrusion programs
Nature (2024) Published: 14 February 2024
https://www.nature.com/articles/s41586-024-07086-9
4.夜行性の虫が光に群がる理由
「飛んで火に入る夏の虫」など、夜行性の虫が明るい場所に向かって飛ぶことは、
正の光走性として知られている。これまで、昆虫は月を頼りに飛行しており、人工
光を天のコンパスと勘違いするという説があった。米英の研究チームによって、光
に引き寄せられるのではなく、光の方向を「上」と勘違いしているためである、と
いう研究成果が報告された。研究チームは地球上で最も多様な昆虫が生息する場
所の一つとされているコスタリカのモンテベルデ雲霧林で、赤外線高速度カメラ
を使って完全な暗闇で昆虫の動きを記録した。2本の木の間にロープで電球をつる
した場合と、電球を三脚に取り付けて上向きにした場合について、どちらでも昆虫
は電球に向かって羽を広げた。トンボからチョウまで、昆虫たちは羽の角度を維持
しながら、電球の周囲を飛行し続けた。しかし、電球を上に向けると、失速したり、
墜落したりする昆虫が続出した。光が一点から来るのではなく、明るい空のように
広範囲に拡散していた場合を想定して、樹冠に白いシートを広げ、そこに紫外線を
照射した。昆虫たちは日中と同じように、紫外線を照射したシートの下を真っすぐ
飛行した。次に、同じシートを地面に置き、紫外線を照射した。すると、「上空を
飛んでいた虫たちがすべて逆さまになって墜落したという。
Why flying insects gather at artificial light
Open access Published: 30 January 2024
Nature Communications volume 15, Article number: 689 (2024)
https://www.nature.com/articles/s41467-024-44785-3
5.クマノミは縞模様を数えて相手を判断している?
沖縄科学技術大学院大学(OIST)は、カクレクマノミが、すみか(コロニー)
とするイソギンチャクに侵入してきた同種のしま模様を数え、脅威のレベルを判
断している可能性があるとの研究結果を発表した。カクレクマノミは、オレンジの
体に白い帯のようなしま模様が特徴で、イソギンチャクに他種の魚が侵入しても
気にしないが、同じ種でコロニーの違う相手が入ると、コロニーで最も大きな魚
(アルファ・フィッシュ)が追い払う。カクレクマノミがどのように侵入相手の種
類を判別するのかを明らかにするために、クマノミに似せて色づけしたプラスチッ
ク製の模型をコロニーに近づけた時の攻撃度合いを測定した。その結果、自分と同
じ3本のしま模様をもつ侵入相手に最も攻撃的な行動を示したという。
Counting Nemo: anemonefish Amphiprion ocellaris identify species by number of white bars Icon for The Forest of Biologists
J Exp Biol (2024) 227 (2): jeb246357. 01 FEBRUARY 2024
https://doi.org/10.1242/jeb.246357
https://journals.biologists.com/jeb/article-abstract/227/2/jeb246357/342628/Counting-Nemo-anemonefish-Amphiprion-ocellaris?redirectedFrom=fulltext
6.侵入種のアリがライオンによるシマウマの捕食の減少を引き起こした
外来種の侵入は生態系の予期せぬ大きな変化につながることがある。ケニアの
自然保護区におけるオオズアリ、アカシア、ゾウ、ライオン、シマウマ、バッファ
ローのつながりを追跡した国際チームの研究でこの一例が示された。侵入種オオ
ズアリは、在来種のアリとその生息域のトゲアカシアの相利共生の関係を崩壊さ
せた。研究チームはこの崩壊が引き起こした生態系の連鎖反応を追った。侵入種の
アリが在来種のアリを追い出すと、アカシアはゾウに食い荒らされるようになっ
た。侵入種のアリがいる地域ではいない地域と比べて5から7倍ものペースでゾ
ウがアカシアの木を食い荒らし、へし折っていた。その結果、見晴らしがかなり良
くなり、ライオンにとってはシマウマという好物の獲物を気付かれないように見
張って追い詰める場所がなくなった。ライオンは、オオズアリの非侵入地域では侵
入地域より2.87倍多くシマウマを仕留めていたのだが、アフリカバッファローを
多く捕獲するなど、獲物を変えてこの事態に対応していた。2003年から2020年
で、ライオンが仕留めるシマウマの割合は67%から42%へと減少、一方、バッフ
ァローは0%から42%に増加した。
Disruption of an ant-plant mutualism shapes interactions between lions and their primary prey
SCIENCE 25 Jan 2024 Vol 383, Issue 6681 pp. 433-438
DOI: 10.1126/science.adg1464
https://www.science.org/doi/10.1126/science.adg1464
7.生態系へのラッコの影響が沿岸の侵食を抑制する
ラッコ-ウニ-ジャイアントケルプの関係は、「キーストーン種」のところで教
科書に載っている。ラッコ(Enhydra lutris)は、米国のカリフォルニア沿岸では頂
点捕食者であるが、かつて狩猟により絶滅寸前まで追いやられた。米国などの研究
チームによって、カリフォルニア州の塩性湿地におけるラッコの個体数の回復によ
って、この地域の塩性湿地の衰退が減速したことが示された。河口域であるエルク
ホーン湿地で、湿地を傷つける穿孔性のカニをラッコが捕食するため、ラッコの個
体数の増加とともに湿地周縁部の侵食が減速していることを見いだした。こうし
た結果は、頂点捕食者の回復が、脆弱な沿岸生態系に好ましい影響をもたらす可能
性があることを示唆しているという。
Published: 31 January 2024
Top-predator recovery abates geomorphic decline of a coastal ecosystem
Nature volume 626, pages111–118 (2024)
https://www.nature.com/articles/s41586-023-06959-9
8.奈良公園の周辺部に京都や三重などのシカが流入
福島大学などの研究チームにより、奈良公園周辺のシカのフンなどのDNA解析
が行われ、奈良のシカが住む「保護地区」内では独自の遺伝子型を持つシカがほと
んどだった一方、周囲に広がる「管理地区」では京都や三重など他の地域から来た
シカが存在することがわかったという。また、間に位置する「緩衝地区」では、奈
良のシカと他の地域から来たシカが混在して交配していることも明らかになった。
1000年以上にわたって孤立した集団だったとされる奈良のシカであるが、その独
自性に変化が出る可能性が指摘されたことになる。
The sacred deer conflict of management after a 1000-year history: Hunting in the name of conservation or loss of their genetic identity
Conservation Science and Practic First published: 19 February 2024 Open Access
https://doi.org/10.1111/csp2.13084
https://conbio.onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/csp2.13084
9.本の紹介:進化生物学者のエッセイ集2冊
「自然人類学者の目で見ると」長谷川眞理子 著 青土社 2023.11.25
http://www.seidosha.co.jp/book/index.php?id=3870
「進化生物学者、身近な生きものの起源をたどる」長谷川政美 (著) ベレ出版
2023/10/19 https://www.beret.co.jp/book/47391
長谷川眞理子氏のものは、2020年~2023年に「毎日新聞」連載のコラム「時代
の風」と他のコラムに加筆修正したもの。今年1月の日本生物教育学会での講演の
内容と重なる部分も多い。「ヒトは本来、学びたい動物だ。・・学ぶという行為は、
本来、食べることなどと同様に個人的な欲求なのだ。個人が学びたいと欲するのが
根本にあり、他者が教えるという行為はあとから生じるものだ。・・・学習指導要
領の改訂で・・・学ぶという行為の意味を動物行動学的に考えれば、当然のことで
ある。」とある。
長谷川政美氏の方は、2021年と2022年にウェブマガジン「web科学バー」で
「進化の目で見る生き物たち」として連載したものに加筆したもの。分子進化学が
専門で、本書も系統図が多く登場する。最後の章「進化する進化生物学」は、長谷
川眞理子氏から「誤った『進化』の使い方」と指摘されそうなタイトルであるが、
「『進化』という日本語は、・・・そこには『進歩』という考えが入っているように
思われる」とある。また、「ダーウィンの著作『種の起原』」となっている。「原」
(「小」の部分はもともとは「水」であった)と「源」は同義であり、日本では最
初には『種の起原』とされていた。私も講義ではこちらを使っている。
10.本の紹介:和名と学名の雑学の本
どうしてそうなった!? いきものの名前: 奥深い和名と学名の意味・しくみ・由来
丸山 貴史 (著), 岡西 政典 (監修) 緑書房 2023/12/26
https://www.midorishobo.co.jp/SHOP/1635.html
著者の丸山貴史氏は『ざんねんないきもの事典』の執筆者。監修の岡西政典氏は
海産動物の分類が専門で、『深海生物テヅルモヅルの謎を追え!』(東海大学出版部)
などの著者でもある。本書はいわゆる「雑学」の本。長い和名、短い和名、長い学
名、短い学名などの紹介もある。私は「短い和名」として「イ」を講義で紹介する
(「カサノリ」の紹介で出てくる「リュウグウノ・・・」とともに)が、昨年の講義
では「高校の授業で他にもあると聞いた」という学生のコメントがあった。
生物名とは関係ないが、「日本語の『横書き』は『右から左に』書いていたが、
1946年に『左から右に』書くようになった」とあるが、これは誤りだと思う。も
ともと日本語は「縦書き」で、これは巻紙に字を書いていた(右利きの場合)こと
に起因し、次の行は左に移る(「右から左に」)。昔の新聞の見出しは「1行1字」
の「縦書き」であって「右から左に」となる。「横書き」ではなかったのである。
11.本の紹介:「キツネを飼いならす」
「キツネを飼いならす: 知られざる生物学者と驚くべき家畜化実験の物語」
青土社 2023/11/27
リー・アラン・ダガトキン (著), リュドミラ・トルート (著), 高里ひろ (翻訳)
http://www.seidosha.co.jp/book/index.php?id=3859&status=published
昨年12月9日の朝日新聞の書評を見て図書館に予約したが、読み始めて印象は
書評とは全く違っていた。「キツネの愛好家がペット化したという話」ではなく、
現在も継続されている、とてつもなく壮大な生物学実験の記録である。ソ連(現ロ
シア)のキツネなどの毛皮用の動物の育種を担当していた遺伝学者ドミトリ・ベリ
ャーエフが、野生動物と家畜化された動物(オオカミとイヌなど)に注目し、両者
の遺伝的な違いと「家畜化」の関係を調べようとしたことが発端である。「家畜化」
された動物は限られているが、家畜化された動物には、まだらの体色、垂れ耳、巻
き尾などが現れ、生殖期などが限定されなくなるなど、共通の特徴を持っている。
これらは遺伝的な変化と考えられる。イヌは長い年月をかけて飼い慣らされたと
考えられているが、はたしてそうなのか。もっと短期間に飼い慣らせるのではない
か。彼はリュドミラ・トルートの協力を得て、キツネをイヌのように飼い慣らすこ
とができないかという実験が1950年代に開始された。当時のソ連はスターリン政
権下で、ルイセンコによってメンデルの流れを汲む遺伝学は批判され、遺伝学者は
迫害されていたので、実験はモスクワから離れた地で秘密裏に行われた。始まって
まもなく、ヒトに寄ってくるキツネが抽出され、尻尾を振って近づいてくるものも
現れた。ルイセンコ失脚後には、ベリャーエフは海外の学会にも参加できるように
なり、当時は遺伝学とは接点のなかった動物行動学の学会からも講演依頼が来るよ
うになった。ソ連の崩壊によって資金不足で実験継続の危機が訪れたが、それまで
に交流のあった海外からの支援で何とか切り抜けた。その頃には、イヌと同じレベ
ルのキツネも多数飼われるようになった。そして、ゲノム解析の時代となって、飼
い慣らされたキツネと野生のキツネの遺伝子の違いも比較できるようになってき
ている。セロトニンやドーパミンの生成に関する遺伝子が大きく違っていることや、
神経堤細胞の違いも指摘されているという。
原著のタイトルはHow to Tame a Fox (and Build a Dog): Visionary Scientists and
a Siberian Tale of Jump-Started Evolutionである。残念なことに、邦訳本には「訳
者あとがき」どころか、著者の経歴の紹介すらない。著者のリー・ドゥガトキン博
士は、米国の進化生物学者、科学史家、サイエンスライター、共著者のリュドミラ・
トルートは、実験の最初から関わっている生物学者で1933年生まれなので90歳。
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2024年 4月
1.体に入ったナノプラスチックは心臓発作や早期死亡の原因に?
2.ゲノム編集ベビーの作成者・賀建奎氏研究再開
3.染色体上で2本鎖DNA切断を修復する仕組みを解明
4.アシナシイモリの授乳
5.キクガシラコウモリは「ドップラー効果」を利用
6.サルの脳に「足し算、引き算細胞」発見
7.本の紹介「細胞‐生命と医療の本質を探る」
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1.体に入ったナノプラスチックは心臓発作や早期死亡の原因に?
プラスチックが環境に悪いことはよく知られているが、マイクロプラスチック
(アメリカではペットボトルの水に多く含まれるという研究結果が発表されてい
る)が人体に与える影響についてはあまり知られていない。新たな研究では、マ
イクロプラスチックよりもはるかに小さい粒子であるナノプラスチックが血流に
含まれると、心臓発作や脳卒中、早期死亡のリスクが高まる可能性があることが
示された。研究者たちは、頸動脈血管内膜切除術(頸動脈疾患による脳卒中のリ
スクを減らすために行われる外科的処置)を受けた257人の頸部動脈から摘出さ
れた組織を調査した。その結果、プラーク(動脈硬化の塊)や組織片の中に「視
認できるギザギザの異物」が散らばっていることを研究者が顕微鏡下で発見した
という。さらに、150人のプラーク組織から、測定可能な量のポリエチレン(プ
ラスチックのラップ、ビニール袋、飲食物の容器などに使用されている一般的な
プラスチック)が検出され、別の31人の患者のサンプルからも、測定可能な量
の(PVCやビニルとしても知られる)ポリ塩化ビニルが見つかったという。また、
追跡調査では、マイクロプラスチックとナノプラスチックが体内に含まれている
患者を34カ月間観察。その結果、これらの患者の20%に心臓発作、脳卒中、ま
たは何らかの原因による死亡が発生していたのに対し、プラスチック粒子が検出
されなかった患者では7.5%にとどまったという。
Microplastics and Nanoplastics in Atheromas and Cardiovascular Events
Published March 6, 2024
N Engl J Med 2024 Mar 7;390(10):900-910. doi: 10.1056/NEJMoa2309822.
https://www.nejm.org/doi/10.1056/NEJMoa2309822
2.ゲノム編集ベビーの作成者・賀建奎氏研究再開
世界初のゲノム編集ベビーを誕生させたと2018年に発表した賀建奎(がけん
けい)・南方科技大元副教授は、毎日新聞のオンライン取材に応じ、遺伝性の難
病治療のため、国際的なルールを守った上でヒト胚(受精卵)へのゲノム編集の
研究を再開したことを明かし、「やがて社会が受け入れる」と主張したという。
賀氏は、夫だけがエイズウイルス(HIV)に感染している7組の夫婦について、
子への感染を防ぐ目的で、体外受精させた受精卵にゲノム編集を施して遺伝子を
改変。双子の女児を含む3人の「ゲノム編集ベビー」を誕生させた。この成果を
2018年に香港であった国際会議で発表し、世界に衝撃が走った。ゲノム編集ベ
ビーは、ヒトそのものを作り替えてしまう危険性をはらみ、世界各国が固く禁じ
ている。中国でもゲノム編集のヒトへの臨床応用を禁じており、中国当局は賀氏
の一連の研究を違法な医療行為と認定。中国の裁判所で懲役3年、罰金300万元
(当時のレートで約4700万円)の実刑判決を受けて服役。2022年に釈放された。
賀氏は取材に、ヒト胚のゲノム編集によって、筋肉が萎縮する「デュシェンヌ型
筋ジストロフィー」や家族性アルツハイマー病といった遺伝性の難病の治療を目
指すと主張。釈放後に北京や武漢など中国の3カ所に研究室を作り、研究を再開
したという。「(生殖補助医療などで)廃棄されたヒト胚を使い、国内外のルール
を順守する」と述べ、現状で再び子どもを誕生させる意図は否定した。また、当
時の研究が世界から非難を浴びたことについては「あまりに早すぎたと反省して
いる」と振り返ったが、なぜ国際的なルールに違反してまで研究を行ったかとい
う点については明確な説明は拒んだという。毎日新聞4/1(月)
https://news.yahoo.co.jp/articles/35b84c7da3e475f6a967493a6258ab8d092b430a
3.染色体上で二本鎖DNA切断を修復する仕組みを解明
東京大の研究チームによって、DNA修復たんぱく質RAD51がクロマチン中で
DNAの2本鎖切断を見つけ出し、DNA修復を進行するメカニズムが明らかにさ
れた。ゲノムDNAは、紫外線や細胞の代謝などによって日常的にDNA損傷を
受けている。特に、放射線などにより生じる二本鎖切断は発がんの原因となる重
篤な DNA損傷であり、RAD51というタンパク質によって正確に修復されること
が分かっていた。ヒトを含む真核生物の染色体では、ゲノムDNAはヌクレオソ
ームが連なったクロマチンを形成していて、ヌクレオソームはヒストン複合体に
DNA が強固に巻きついた構造になっている。切断された染色体上のDNAに
RAD51 がどのように結合し、DNA修復を進行するかについてのメカニズムは不
明であった。研究チームはヒトRAD51とヌクレオソームからなる複合体の構造
をクライオ電子顕微鏡により解析し、RAD51がリング状の構造を形成してヌク
レオソームに結合すること、さらにRAD51がヌクレオソームからDNAを引き
剥がしながららせん状の構造を形成することを発見した。さらに、RAD51の染
色体への結合には、がん患者において変異が多数報告されているRAD51のアミ
ノ末端領域が重要であることを発見した。本研究は、RAD51の機能不全を原因
とするがん発症メカニズムの解明に貢献することが期待されるという。
Cryo-EM structures of RAD51 assembled on nucleosomes containing a DSB site
Nature (2024) Open access Published: 20 March 2024
https://www.nature.com/articles/s41586-024-07196-4
https://www.jst.go.jp/pr/announce/20240321/index.html
https://www.jst.go.jp/pr/announce/20240321/pdf/20240321.pdf
4.アシナシイモリの授乳
手足のない両生類・アシナシイモリSiphonops annulatusは卵生であるにも関
わらず、メスが孵化した子供を2ヶ月にわたって育てる。この時、外敵から守る
だけでなく、ミルク用の物質を皮膚に染み出させることで、餌を与えることが知
られており、この結果、子供は孵化後急速に体重が増える一方、メスは子育てが
終わると30%の体重が減少することが知られていた。今回、ブラジルの研究所の
研究で、皮膚に滲み出たミルクよりは、お尻のベントからミルクを分泌して、一
種の授乳が行われていることが分かった。このベントにつながるのが卵管で、授
乳が必要な時期には乳腺のような上皮構造が発達し、ここに脂肪が存在すること
も確認された。さらに、授乳する1分前に子供が高い音を出して母親に知らせて
いるようで、この音と母親の反応についてはまだメカニズムは明確になっていな
いが、哺乳動物で見られる母子間の相互作用に相当するものがすでに発達してい
ることになる。ミルクの成分を調べると、49%がパルミチン酸、49%がステアリ
ン酸で、長鎖脂肪酸がほとんどを占める。他にも上皮細胞が脱落したことによる
タンパク質なども存在する。ヒトの母乳では、32%がパルミチン酸、18%がステ
アリン酸なので、十分以上にミルクとしての機能を果たせることがわかる。
Milk provisioning in oviparous caecilian amphibians
SCIENCE 7 Mar 2024 Vol 383, Issue 6687 pp. 1092-1095
DOI: 10.1126/science.adi5379
https://www.science.org/doi/10.1126/science.adi5379
5.キクガシラコウモリは「ドップラー効果」を利用
森などにすむキクガシラコウモリが外敵の接近を知るのに「ドップラー効果」
を利用していることが、同志社大学の研究チームの実験でわかった。夜行性のコ
ウモリは視力がほとんどなく、超音波をのどから出して物に当たって反射した音
を感知してその時間差や方向から、周囲の物体の位置を把握している。対象物が
近づいているか遠ざかっているかは、繰り返し超音波を出せば反射の時間差から
わかるが、察知に時間がかかる。ドップラー効果を利用すれば近づいているか遠
ざかっているかを短時間で判断できる。研究チームは、超音波をマイクで集音し、
その音波をスピーカーから瞬時に再生させる装置を開発。時間差をつけたり、周
波数を変えたりして仮想の物体を示し、1メートル先の止まり木にいるコウモリ
(9匹)の反応をみた。その結果、時間差を短くしただけの音波ではすべてのコ
ウモリが反応せず、逃げなかった。周波数を高くしドップラー効果を模した音波
に対しては、時間差を短くしてもしなくても、ほとんどのコウモリが飛び立ち、
逃避行動を見せた。このことから「ドップラー効果」を利用していることが判明
した。
Doppler detection triggers instantaneous escape behavior in scanning bats
iScience Volume 27, Issue 3, 15 March 2024, 109222
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S2589004224004437
https://www.doshisha.ac.jp/files/koho/news/No57_hiryu.pdf
6.サルの脳に「足し算、引き算細胞」発見
東北大大学院医学系チームは、サルを用いた実験で、脳に足し算、引き算を実
行する際に強く反応する細胞があることを世界で初めて発見した。計算に特化し
た細胞が脳にあるわけではなく、手の運動を制御する細胞を再利用(リサイクル)
することで計算を可能にしていることを示唆するものだという。簡単な足し算、
引き算を反映した行動はサルやチンパンジー、オランウータンなどヒト以外の哺
乳類で確認されている。計算には言葉は不要で、種を超えた計算を可能にする脳
細胞の存在が示唆されてきた。だが、それらの活動は脳細胞レベルで発見されて
いなかった。研究チームは、足し算や引き算などの数操作課題を訓練したサルが
足し算、引き算を実行している瞬間の脳の神経活動を調べた結果、足し算や引き
算に強く反応する神経細胞が多数見つかった。これらの細胞は、左右の手の動き
にも関連していることがわかり、足し算細胞は右手の動作に、引き算細胞は左手
の動作に呼応するように細胞の表現している情報が変化していることが明らかに
なったという。
Recruitment of the premotor cortex during arithmetic operations by the monkey
Open access Published: 28 March 2024
Scientific Reports volume 14, Article number: 6450 (2024)
https://www.nature.com/articles/s41598-024-56755-2
https://www.tohoku.ac.jp/japanese/2024/03/press20240329-01-monkey.html
7.本の紹介「細胞‐生命と医療の本質を探る」
「細胞‐生命と医療の本質を探る」シッダールタ・ムカジー (著), 田中 文 (翻訳)
早川書房 (2024/1/29) https://www.hayakawabooks.com/n/nb9c8c965f205
図書館の「新着」でみつけたので、早速予約。「ピュリッツァー賞受賞の医
師による『がん』『遺伝子』に続く圧巻の科学ドラマ。顕微鏡による発見の数々
から、感染症やがんとの苦闘、脳の仕組みの解明、最新の遺伝子治療まで、「細
胞」からヒトそして生命の本質に迫ろうとしてきた人類の歩みを鮮やかに描くノ
ンフィクション」とある。まだ、最初だけしか読んでいないが、間違いなく読む
べき本だ。高校生物の教科書の「細胞」の記述とはまるで違い、現代医学からみ
た「細胞」がいきいきと描かれる。人為的な遺伝子操作によって作り出されたT
細胞を使った治療を受けたエミリーとサムの対照的な結末など、最新の医療でも
結局は「細胞」の仕業なのだ。教科書に載っている「細胞の発見」や「細胞説」
も丁寧に描かれている。「細胞説」で出てくるシュライデンが、法律を学んで弁
護士になったが、追い込まれて自殺未遂までに至り、その後、生物学に転向した
ことまでは知らなかった。フィルヒョーが言った「細胞は細胞からomnis cellula
e cellula」は知っていたが、「最終的には細胞に戻ることになる」(自伝にあるら
しい)は知らなかった。こちらの方が本書の根底に流れる「名言」であろう。
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2024年 5月
1.「ルーシー」発見50年
2.長寿命のRNAの存在
3.胚の細胞分裂の謎を解明
4.ドクチョウの同所的な雑種種分化
5.窒素固定を行う細胞小器官ニトロプラスト
6.脊椎動物の体制をつくる細胞群の進化的起源
7.伝統野菜の「在来品種データベース」公開
8.1500年前の中国皇帝の顔をDNAから復元
9.オキシトシンによるオスネコの行動変化
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1.「ルーシー」発見50年
50年前の1974年、エチオピアで古人類学者が「ルーシー」として知られる320万
年前の骨格を発掘し、人類の起源に対する見方を変えた。Science4月5日号の表紙
はルーシーの復元図で、6ページにわたってル―シーの特集記事が組まれている。ル
ーシーは人類の直接の祖先の候補であるが、他にも候補はあるという。そこには現段
階におけるル―シーに関する情報がまとめられている。
LUCY’S WORLD
Was Lucy the mother of us all? Fifty years after her discovery, the 3.2-million-year-old skeleton has rivals
https://www.science.org/content/article/was-lucy-mother-us-all-fifty-years-discovery-famed-skeleton-rivals
2.長寿命のRNAの存在
一般に、RNAはDNAの遺伝情報を伝える役割を担うとされ、一時的で短命なものと
考えられている。ところが、ドイツの研究チームによってRNAの中にも細胞内で代謝
されずに哺乳類の脳の細胞内で何年も持続され、主にクロマチン維持に関わることが
示された。成体哺乳類はニューロンを置き換える能力が限られているため、これらの
RNAの寿命は脳の生涯にわたる機能にとって重要である可能性や、加齢に伴う脳の衰
えにも関与する可能性もあるという。
Lifelong persistence of nuclear RNAs in the mouse brain
SCIENCE 4 Apr 2024 Vol 384, Issue 6691 pp. 53-59
DOI: 10.1126/science.adf3481
https://www.science.org/doi/10.1126/science.adf3481
3.胚の細胞分裂の謎を解明
まず、「胚の細胞分裂の謎」って何? というところから引っかかるのではないか。
有糸分裂については体細胞ではよく研究されているが、胚細胞に関しては、いまだ解
明されていないのだという。今回、多くの動物の体細胞分裂では紡錘体形成に関わる
中心体が、哺乳類の卵母細胞にはないことを初めて知った。胚性有糸分裂の「謎」の
ひとつは、染色体が整列し、娘細胞に均等分配されるという重要なステップである。
このプロセスの鍵を握るのが微小管から構成される紡錘体で、紡錘体の両極から微小
管が放射状に伸び、中央で染色体に接着する。紡錘体は複製された染色体を適切に捕
らえ、分裂の際に娘細胞に均等に分配する。紡錘体の形成を決定する因子は数多くあ
るが、その一つにRan-GTPというタンパク質がある。Ran-GTPは、中心体を持たない
女性の生殖細胞の分裂では必須の役割を果たしますが、中心体を持つ小さな体細胞で
は必須ではない。しかし、Ran-GTPが脊椎動物の初期胚の紡錘体形成に必要であるか
どうかは長い間不明であった。脊椎動物の初期胚には中心体があるが、細胞サイズが
大きいなどの特徴がある。沖縄科学技術大学院大学(OIST)や名古屋大学の研究チー
ムによって、CRISPR/Cas9を用いたゲノム編集されたミナミメダカの胚で、分裂中の
有糸分裂紡錘体をタイムラプス観察したところ、大きな初期胚は体細胞紡錘体とは異
なる独自の紡錘体を組み立てていることが発見され、初期胚の分裂ではRan-GTPが紡
錘体形成に決定的な役割を果たすが、後期胚ではあまり重要でないこともわかった。
さらに、体細胞では染色体が分離前に正しく整列するときの紡錘体チェックポイント
が、初期胚細胞には存在しないことも発見された。
動画 https://youtu.be/yS5fZl6js0U は、とてもきれいで、紡錘体がよくわかる。
今期の体細胞分裂の講義で学生に見せることにした。
Ran-GTP assembles a specialized spindle structure for accurate chromosome segregation in medaka early embryos
Nature Communications volume 15, Article number: 981 (2024) Open access Published: 01 February 2024
https://www.nature.com/articles/s41467-024-45251-w
4.ドクチョウの同所的な雑種種分化
米ハーバード大学の研究チームによって、南米アマゾンにすむドクチョウ属のゲノ
ムを比較した結果、Heliconius elevatusという種が、H.melpomeneとH. pardalinus
の交雑によって生じたことが明らかにされた。H.elevatusは独立して進化している
系統として少なくとも18万年にわたり存続してきたことも分かった。新しい種が形
成される過程については、ある種から変化して新しい種が生まれるというダーウィン
の時代から考えられてきた「種分化」が一般的であるが、雑種による種形成もあるの
ではないかと考える研究者もいた。今回の研究はこれを支持するものとなる。
ドクチョウ属は花粉を食べる唯一のチョウのグループで、この花粉の成分から合成
する「青酸配糖体」によって、捕食者がおいしくないと感じるようだ。ドチクョウは、
明るくコントラストの強い警告色で自分のまずさをアピールしている。3種の翅の模
様のパターンの比較が「雑種」を考えるヒントとなったという。「種とは何か」を考
える材料にもなりそうだ。
Hybrid speciation driven by multilocus introgression of ecological traits
Nature volume 628, pages811–817 (2024) Published: 17 April 2024 Open access
https://www.nature.com/articles/s41586-024-07263-w
5.窒素固定を行う細胞小器官ニトロプラスト
大気中の窒素を栄養源のアンモニアとして固定する細菌が、海産の単細胞の藻類に
取り込まれ、細胞小器官に変わっていることを発見したと、米国や高知大などの研究
チームが発表した。研究チームは窒素固定シアノバクテリアであるCandidatus
Atelocyanobacterium thalassa(UCYN-A)と、UCYN-Aが内部共生する単細胞のハプト
藻Braarudosphaera bigelowiiとの相互作用を調べ、内部共生するUCYN-Aが分裂し
てB.bigelowiiの娘細胞に均等に分配されること、UCYN-Aが光合成や代謝を担う重
要な遺伝子を失い、必要なタンパク質をハプト藻から受け取っていることを発見した。
このことは、UCYN-Aが内部共生の域を超えて進化し、窒素を固定する初期進化段階の
細胞小器官として機能していることを示唆しており、ニトロプラストnitroplastと
命名された。ミトコンドリアと葉緑体は内部共生細菌が真核細胞に取り込まれてでき
たものだとされているが、これと同じことが起こっていると考えられる。
唐突に「高知大」が出てくるが、高知大学海洋コア総合研究センターの古生物学者
である萩野恭子氏が、300回以上のサンプル採集と10年以上の歳月をかけて最終的
にB. bigellowiiの培養に成功したことが、この研究の突破口を開いたようだ。
Nitrogen-fixing organelle in a marine alga
SCIENCE 11 Apr 2024 Vol 384, Issue 6692 pp. 217-222
DOI: 10.1126/science.adk1075
https://www.science.org/doi/10.1126/science.adk1075
6.脊椎動物の体制をつくる細胞群の進化的起源
脊椎動物は、脳や目・鼻などの感覚器官が集中した「頭部(あたま)」と肛門よ
り後方に位置する「尾部(しっぽ)」をもっている。この頭部と尾部はともに、脊
椎動物の進化の過程で獲得されたが、これは、それぞれ「神経堤細胞」と「神経中
胚葉前駆細胞」と呼ばれる細胞集団の出現と深く関係していると考えられている。
従来の考えでは、最初に神経堤細胞が出現し、その後に神経中胚葉前駆細胞の出現
と神経堤細胞の分化多能性の獲得が起こったと考えられてきた。京都大学の研究グ
ループは脊椎動物に最も近縁な無脊椎動物であるホヤの胚を用い、最初に神経堤細
胞と神経中胚葉前駆細胞の両方の性質をそなえた細胞集団が出現し、その後に2つ
の細胞集団に分化した可能性を見出した。
Ascidian embryonic cells with properties of neural-crest cells and neuromesodermal
progenitors of vertebrates
Nature Ecology & Evolution Published: 02 April 2024 DOI:10.1038/s41559-024-02387-8
https://www.nature.com/articles/s41559-024-02387-8
https://www.kyoto-u.ac.jp/sites/default/files/2024-04/2404_sato-a1e0a9cb9e54ac26882893e11acf8433.pdf
https://www.kyoto-u.ac.jp/ja/research-news/2024-04-04
7.伝統野菜の「在来品種データベース」公開
日本各地で栽培が引き継がれてきた伝統野菜や雑穀といった在来品種の情報をあ
つめた「在来品種データベース」が、農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)
によって公開された。山形大学の研究者が10年かけて生産地に足を運んで調べた44
都道府県の280品種について、特性や栽培方法といった農学から、利用法や流通など
歴史的経緯が分かる情報まで紹介している。データベースでは、品種ごとに、「生産
地」「作物名」「品種名」「学名」「現地での呼称」「写真」「栽培方法」「品種特
性」「由来・歴史」「伝統的利用法」「栽培・保存の現状」「消費・流通の現状」
「継承の現状」「参考資料」「調査日」の15項目が記載されている。
日本初の在来品種データベース公開(農研機構)
https://www.naro.go.jp/publicity_report/press/laboratory/ngrc/162282.html
8.1500年前の中国皇帝の顔をDNAから復元
中国・北周王朝の第3代皇帝である武帝は、560年から578年まで中国の北周を治
め、その間に強力な軍事力を構築して北斉を打ち破り、華北(中国北部地域)を統一
した。 1996年、考古学者のグループが中国北西部で武帝の墓を発見し、散乱した骨
とほぼ無傷の頭蓋骨を発掘した。今回、頭蓋骨の輪郭と肢体から抽出したDNAを使っ
て、中国の研究チームが武帝の容姿を現代に蘇らせた。研究チームは、毛髪や皮膚の
色などの身体的特徴に関する情報を含んでいたそのDNAの研究に約6年を費やした
という。そして、そのDNAから得られた身体的特徴と、41個の遺伝的変異から人間的
特性を予測する統計的モデルが提案する追加の特徴とを組み合わせた。それらの特徴
を頭蓋骨のデジタルモデルに付加し、武帝に関する歴史的な記録を補完することで、
何世紀も前に描かれた肖像画以上に現実感のある画像を作り上げた。
Ancient genome of the Chinese Emperor Wu of Northern Zhou
Current Biology VOLUME 34, ISSUE 7, P1587-1595.E5, APRIL 08, 2024
Published:March 28, 2024 DOI:https://doi.org/10.1016/j.cub.2024.02.059
https://www.cell.com/current-biology/abstract/S0960-9822(24)00240-9
9.オキシトシンによるオスネコの行動変化
オキシトシンは、ヒトの社会性や親子(母子)関係などの研究テーマで使われる脳
内分泌物質で、「愛のホルモン」と表現されることもある。オキシトシンは、脳内で
作られるホルモン(ペプチド)で、20世紀の初めに出産や母乳分泌などの母子関係で
の作用が指摘されて以来、人間関係や人間の社会性などの研究が活発に行われてきた。
オキシトシンには、不安を鎮め、共感や他者への信頼などを強めることによる母子関
係や人間関係への働きのほか、鎮痛作用などがあることもわかっている。京都大学な
どの研究グループは、女性が飼い主のネコ30匹(メス39匹、オス31匹、1歳から
12歳、全て去勢済み)に対し、オキシトシンと生理食塩水(比較群)を鼻に噴霧し、
その行動の変化を比較した。その結果、飼い主への注視時間が増えたのはオスネコで、
メスネコにはオキシトシンによる影響はなかった。同研究グループは過去研究では、
イヌでの研究ではオキシトシンによって飼い主への注視時間が増え、イヌの場合はオ
スではなくメスで注視時間が増えたという。オスネコで注視時間が増えた理由はわか
らないが、不安を軽減し、親密な関係を促進するための行動の可能性があるとのこと
だ。
Exogenous oxytocin increases gaze to humans in male cats
Scientific Reports volume 14, Article number: 8953 (2024)
Published: 18 April 2024 Open access
https://www.nature.com/articles/s41598-024-59161-w
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2024年 6月
1.マウスの母乳中の抗体 子の脳にも届く
2.ヒト iPS 細胞から前精原細胞及び卵原細胞を⼤量誘導
3.交雑オオサンショウウオ、「特定外来生物」に
4.ニジマスにサケの卵を産ませる
5.発光生物は5億4000万年前から存在していた
6.ラッコは道具を使うことで採餌成功率が上がる
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1.マウスの母乳中の抗体 子の脳にも届く
群馬大学などの研究グループが、母親の抗体が子の脳の発達に与える影響を、マウス
を用いて調べた結果、脳の様々な細胞の数が変動することや、マウスの社会性に影響を
与えることが明らかになった。母親の抗体は胎盤や母乳を経由して子に渡されますが、
脳に与える影響については解明されていなかった。この研究から、母親の抗体が子の脳
にまで到達し、脳内にいるミクログリア細胞に結合することが発見され、抗体に結合し
たミクログリアは特定のタンパク質を分泌し、脳の各種細胞の密度に影響を与えること
が判明した。さらに、脳の特定のニューロンの数が変化し、社会性行動に違いが生じる
ことも確認された。
Maternal Immunoglobulin G Affects Brain Development of Mouse Offspring
Journal of Neuroinflammation volume 21, Article number: 114 (2024)
Open access Published: 02 May 2024
https://www.gunma-u.ac.jp/wp-content/uploads/2024/05/press_R060502.pdf
2.ヒト iPS 細胞から前精原細胞及び卵原細胞を⼤量誘導
京都大学の研究グループによって、ヒト iPS 細胞から、始原⽣殖細胞 (Primordial
Germ Cells, PGCs)を経て、精⼦及び卵⼦のもととなる前精原細胞及び卵原細胞を⼤量に
分化誘導する⽅法論の開発に成功したと報告された。しかし、ヒトの卵子や精子を実際
につくって生殖に使う段階までには技術的、倫理的に重要な課題が多くあり、生殖医療
応用がすぐに開始される段階ではない。現在iPS細胞を使った受精卵操作は国の指針で
禁止されている。卵や精子はできる前にまずそれらのもとになる「始原生殖細胞」が受
精2週後ごろにでき、6~10週後に胎児の中の精巣や卵巣で精子の手前の「前精原細胞」
と卵子の手前の「卵原細胞」に分化する。研究グループは今回、ヒトiPS細胞から始原
生殖細胞に似た細胞(ヒトPGCLCs)を独自の方法で作製。ヒトの体内にあって骨形成
にも関わるとされるタンパク質の一種「BMP2」をこのヒトPGCLCsに投与して培養し
た。その結果、約2カ月で卵原細胞と前精原細胞を作り出すことに成功したという。
In vitro reconstitution of epigenetic reprogramming in the human germ line
Nature (2024) Published: 20 May 2024
https://www.nature.com/articles/s41586-024-07526-6
https://ashbi.kyoto-u.ac.jp/ja/wp-content/uploads/sites/4/2024.05.21_ASHBi_Murase_Nature_2024.pdf
3.交雑オオサンショウウオ、「特定外来生物」に
環境省は、中国から持ち込まれた外来種の「チュウゴクオオサンショウウオ」と、そ
の交雑個体を特定外来生物に指定すると発表した。在来種で国の特別天然記念物のオオ
サンショウウオとの交雑により、保全に悪影響を与えていた。指定は7月1日からで、
外来生物法に基づいて特定外来生物に指定されると、移動や飼育、譲渡・販売などが原
則禁止される。
https://www.env.go.jp/nature/intro/4document/data/sentei/rept_amph10/mat01-1.pdf
4.ニジマスにサケの卵を産ませる
キングサーモンやベニザケなど太平洋のサケ類の多くは産卵後に死んでしまうが、東
京海洋大の研究チームは、キングサーモンの卵や精子のもととなる生殖幹細胞を、産卵
後も死なないニジマスに移植する方法で、キングサーモンの卵を毎年産ませることに成
功した。サケ類の養殖効率化につながると期待される。研究チームは、ニジマスとキン
グサーモンの卵巣や精巣を比較。ニジマスが繁殖後も幹細胞を維持しているのに対し、
キングサーモンは使い切っていた。そこで、ゲノム編集で自身の卵や精子を作れなくした
ニジマスの稚魚に、キングサーモンの生殖幹細胞を移植。成長させた「代理親」のニジ
マスは、キングサーモンのDNAを持つ卵や精子を作り、それを交配させて稚魚も得ら
れた。移植した幹細胞はその後も維持され、代理親は翌年以降も毎年、キングサーモン
の卵や精子を作った。
Gametes of semelparous salmon are repeatedly produced by surrogate rainbow trout
SCIENCE ADVANCES 24 May 2024 Vol 10, Issue 21 DOI: 10.1126/sciadv.adm8713
https://www.kaiyodai.ac.jp/upload-file/7bdcb2673b914426af6afccf2680ad345cc92f6b.pdf
5.発光生物は5億4000万年前から存在していた
生物発光は、生物から可視光が放出される魅力的な現象で、16以上の門と900属以上
の後生動物で記録されている。これまで、2億6700万年前に生息していた貝虫の一種が
最古のものと考えられてきた。スミソニアン博物館や名古屋大学の研究チームによって、
深海生物である八放サンゴのうちよく発光するものが調べられ、その共通の祖先が5億
4000万年前の発光生物であることがわかった。生物発光の歴史がカンブリア爆発までさ
かのぼることになる。
Evolution of bioluminescence in Anthozoa with emphasis on Octocorallia
Proceedings of the Royal Society B Published:24 April 2024https://doi.org/10.1098/rspb.2023.2626
https://royalsocietypublishing.org/doi/10.1098/rspb.2023.2626
6.ラッコは道具を使うことで採餌成功率が上がる
ラッコが道具を使うことはよく知られている。歯で獲物を噛み砕く以外にも、石、殻、
人間が出したゴミ、さらにはボートの船体まで使って、海貝、ウニ、ハマグリといった硬
い獲物を叩き割ることが観察されている。このことは、殻や石といった道具を使って餌
である軟体動物の厚い殻を割り開けることで、採餌の成功率を上げるとともに、そうし
なければ食べにくい餌を食べられるようにして歯の損傷を防いでいることになる。米国
の研究チームは、無線タグを付けた196頭のラッコから得られたデータを用いて、道具
を使うことで、捕食できる殻の硬い獲物の種類が増えて個々のカリフォルニアラッコ
(Enhydra lutris nereis)の採餌成功率が上がるかどうか、また、歯の損傷が防がれて適
応度が上がるかどうかを調査した。その結果、一般的に、頻繁に道具を使用することで
捕食できる獲物の種類が増え、それによって、エネルギー消費率が上がり、歯の摩耗も
減少することを発見した。
Tool use increases mechanical foraging success and tooth health in southern sea otters (Enhydra lutris nereis)
SCIENCE 16 May 2024 Vol 384, Issue 6697 pp. 798-802
DOI: 10.1126/science.adj6608
https://www.science.org/doi/10.1126/science.adj6608
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2024月 7月
1.ブリッジRNAが橋渡しするDNA組換え
2.ゴキブリの求愛行動にフェロモンが果たす役割を解明
3.蚊が腹八分目で血を吸うのを止める謎を解明
4.常緑植物は葉の寿命を季節で変える
5.樹木が生息する土壌に特有の微生物が落葉を効率的に分解
6.外来種の在来種への影響を「ゲノム解析」で明らかに
7.本の紹介:新しい免疫入門 第2版
8.本の紹介:ウイルスは「動く遺伝子」
9.本の紹介:サルと哲学者
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1.ブリッジRNAが橋渡しするDNA組換え
東京大学と米アーク研究所のグループは、大腸菌のゲノムに存在する転移因子がリコ
ンビナーゼとブリッジRNAを産生し、それらが複合体を形成することでDNAの組換え
を起こすしくみを解明した。リコンビナーゼは自身のアミノ酸残基を用いてドナーDNA
およびターゲットDNAの塩基配列を認識し、それらのあいだの組換え反応を触媒する
ことは知られていたが、そのメカニズムは分かっていなかった。リコンビナーゼが触媒
するDNA組換え反応は、4本のDNA鎖の切断、交換、再結合からなる極めて複雑な反
応であるため、RNAが関与しているとは考えられてはいなかった。回の研究成果は生物
学の常識を覆す発見といえる。ゲノムを改変する技術として、CRISPR/Cas9が知られ
るが、長いDNA配列を特定の場所に挿入するといった大規模な改変はむずかしかった。
今回解析された「組換え」のしくみは「動く遺伝子」トランスポゾンでも見られるもの
で、新たな遺伝子改変の方法としての利用につながると考えられる。
Bridge RNAs direct programmable recombination of target and donor DNA
Nature volume 630, pages984–993 (2024) Open access Published: 26 June 2024
https://www.nature.com/articles/s41586-024-07552-4
https://www.rcast.u-tokyo.ac.jp/ja/news/release/20240627.html
2.ゴキブリの求愛行動にフェロモンが果たす役割を解明
主に米国に生息するワモンゴキブリ(Periplaneta americana)のオスはメスが発する性
フェロモンに強く誘引され、メスに遠方から定位し、求愛行動を行う。この性フェロモ
ンは主成分であるペリプラノン B(PB)と副成分であるペリプラノン A(PA)からなる
物質で、両者の化学構造はよく似ている。福岡大学などの研究チームは、4~5cmあるモ
ンゴキブリのオスの触角に生えている毛にはPA感覚細胞とPB感覚細胞があり、これら
に発現しているPAを受容する「PA受容体」とPBを受容する「PB受容体」の存在を明
らかにした。さらに、同定した性フェロモン受容体遺伝子を操作することで、PB もしく
はPA を感じることのできないゴキブリを人為的に作成し、脳内での性フェロモンの処
理機構や、PB およびPAの求愛行動における役割を調べた。その結果、オスのワモンゴ
キブリの脳内では、PB を処理する脳内神経の活性化がメスへの誘引行動や求愛行動の
発現に必須であることがわかった。一方、PA を処理する脳内神経が興奮すると、PB 処
理経路の活性化が抑えられ、その結果、オスゴキブリの行動活性が抑制されることがわ
かった。
Interactive parallel sex pheromone circuits that promote and suppress courtship behaviors in the cockroach
PNAS Nexus, Volume 3, Issue 4, April 2024, pgae162
https://doi.org/10.1093/pnasnexus/pgae162
https://www.fukuoka-u.ac.jp/press/upload/beffabb7cb9df48af7013f9bc80ccf4e.pdf
3.蚊が腹八分目で血を吸うのを止める謎を解明
理化学研究所などの研究グループは、宿主の血液が凝固するときに産生されるフィブ
リノペプチドAが、吸血の進行に伴ってネッタイシマカの体内で蓄積され、吸血促進シ
グナルよりも優位に作用して吸血を停止させることを発見した。フィブリノペプチドA
は血液凝固でフィブリンが形成されるときにフィブリノーゲンから切り離される分子で
あり、蚊はフィブリノペプチドAを吸血停止シグナルとして利用することで、さまざま
な宿主に対する吸血を「腹八分目」で終えることができると考えられる。蚊の吸血を促
進する物質として、宿主の血液に含まれるアデノシン三リン酸(ATP)が知られている。
蚊は吸血を開始すると、宿主の血液にはATPが常に存在するので、蚊は吸血促進シグナ
ルを受け取り続けることになるが、長時間の吸血は宿主に気付かれるリスクを高めるた
め、適当なタイミングで吸血を停止する必要がある。そこで、吸血促進作用とは逆に吸
血停止に関わる負の制御として、血液の摂取によって腹部が膨満することによる物理的
な制御機構が報告されていた。しかし、一定量以上の血液を吸った蚊は、腹部が完全に
膨満していなくとも吸血をやめることも知られており、他の制御機構の存在が示唆され
ていたものの、実体は明らかになっていなかった。この結果成果は、ウイルスなどの病
原体を媒介する蚊の根源的な行動である吸血の仕組みの理解や、人為的に吸血を阻害す
る手法の開発など新たな感染症対策への応用が期待されるという。
Fibrinopeptide A-induced blood feeding arrest in the yellow fever mosquito Aedes aegypti
Open AccessPublished:June 20, 2024
Cell Reports DOI:https://doi.org/10.1016/j.celrep.2024.114354
https://www.cell.com/cell-reports/fulltext/S2211-1247(24)00682-X?_returnURL=https%3A%2F%2Flinkinghub.elsevier.com%2Fretrieve%2Fpii%2FS221112472400682X%3Fshowall%3Dtrue
https://www.riken.jp/press/2024/20240621_1/index.html
4.常緑植物は葉の寿命を季節で変える
落葉植物とは異なり、常緑植物は一年中葉をつけているが、常緑植物であっても一枚
一枚の葉には寿命がある。京都大学生態学研究センターの研究グループは、アブラナ科
の常緑植物、ハクサンハタザオの 3500 枚の葉を 4 年半にわたって追跡した結果、3~
9月の生育期には葉が効率よく光合成を行い、約2か月の寿命で枯れては新たな葉に入
れ替わっていることを確認。一方、10~2月の越冬期には遺伝子の働きを変化させて葉
の老化を止め、生育期から最長8か月も同じ葉を保つことがわかった。冬の間は養分を
葉に貯蔵し、春の開花に備えているとみられる。
Seasonal switching of integrated leaf senescence controls in an evergreen perennial
Arabidopsis
Nature Communications 15, Article number: 4719 (2024)
Open access Published: 07 June 2024
https://www.nature.com/articles/s41467-024-48814-z
https://www.kyoto-u.ac.jp/sites/default/files/2024-06/web_2406_Yumoto_et_al_Nature%20Communications_relj-4c481c00ec74b53bbcf067ab38e6638a.pdf
5.樹木が生息する土壌に特有の微生物が落葉を効率的に分解
森林において樹木が生息する土壌に特有の微生物の集まりが落葉を効率的に分解して
いることを東京大学などの研究グループが野外実験で実証した。森林生態系では、地面
に落ちた樹木の葉が土壌中の微生物に分解され、分解の過程でできた栄養分を根から樹
木が吸い上げて成長し、茂った葉がまた落ちて微生物に分解されるという、落葉と分解
を伴う物質循環が起きている。落葉の分解速度については、地域の気候や落葉自体の性
質によって主に決まると考えがある。しかし、樹木が育つ場所(ホーム)はほかの場所
(アウェー)より効率的に落葉を分解するという「ホームフィールド・アドバンテージ」
仮説もある。東京大学秩父演習林(埼玉県秩父市)の同じ山でも高い標高(約1832メー
トル)では常緑樹のコメツガ、低い標高(約880メートル)では落葉広葉樹のイヌブナ
の天然林が広がっており、土壌や落葉を入れ替えて分解速度を調べれば、微生物と落葉
分解の関係が実証できると考え、落葉や土壌条件ができるだけそろうよう、高標高と低
標高の土壌を各18カ所取り出し、その日のうちに約1000メートルを登り降りして入れ
替え移植した。その結果、コメツガ、イヌブナとも移植後に置いた環境より、樹木が育っ
ていた土壌の方が分解を促進することが分かった。土壌と微生物の関連については、遺
伝子解析によって、高標高地と低標高地の土壌に特有の真菌や細菌をそれぞれ特定。微
生物とコメツガとイヌブナの落葉分解率の関係を調べると、それぞれの標高地に特有の
菌が多いほど、分解率が上がっていることを確認できた。ホームフィールド・アドバンテ
ージ仮説を裏付けているという。
Soil microbial identity explains home-field advantage for litter decomposition
New Phytologist 12 May 2024 https://doi.org/10.1111/nph.19769
https://nph.onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1111/nph.19769
https://www.chiba-u.jp/news/files/pdf/240510_homefield.pdf
6.外来種の在来種への影響を「ゲノム解析」で明らかに
東京工業大学などの研究グループは、アフリカのビクトリア湖に持ち込まれたナイル
パーチという肉食魚が、固有種であるシクリッドにどのような影響をおよぼしたのか、
ゲノム解析を用いて明らかにした。ビクトリア湖のシクリッドは、種の分化や進化など
の研究対象としても貴重で、分子生物学の分野でもこれまで多くの論文が出ている。し
かし、ビクトリア湖のシクリッドは、1950年代に食用のため、外部から持ち込まれたナ
イルパーチという大型肉食魚により、1990年までに約200種の固有種が絶滅したと考え
られている。研究グループは、ビクトリア湖の外来種のナイルパーチが在来種のシクリ
ッドにもたらした影響を調べるために、データベースに登録された21個体を含む合計
158個体、137種のビクトリア湖のシクリッドを用い、大規模な比較ゲノム解析を行っ
た。その結果、4種で遺伝的な多様性が低下するボトルネック効果がみられ、この4種
類をゲノム解析し、集団における繁殖できる個体数から推定したところ、個体数の減少
は1970年代から1980年代にかけて始まっていたことがわかった。これはビクトリア湖
でナイルパーチの勢力が拡大した時期と重なっており、ナイルパーチによってシクリッ
ドの遺伝的多様性にボトルネック効果が起きたことが予想された。
Severe Bottleneck Impacted the Genomic Structure of Egg-Eating Cichlids in Lake Victoria
Molecular Biology and Evolution, Vol.41, Issue6, 24, May, 2024
https://academic.oup.com/mbe/article/41/6/msae093/7680572
7.本の紹介:新しい免疫入門 第2版
「新しい免疫入門」 第2版 免疫の基本的なしくみ 講談社ブルーバックス
審良静男、黒崎知博、村上正晃(著) 2024/5/16
https://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000390765
免疫を学ぶとき最初に読むべき一冊として高く評価された入門書を10年ぶりに改訂。
「免疫」については、新しい知見が次々に出ていて戸惑うが、コロナ後に出されたもの
として現時点で最も信頼できるものと言える。文句なくオススメ。旧版も買ったはずだ
が見当たらないので、どの部分が加筆・変更されたかをチェックできないのがやや残念。
8.本の紹介:ウイルスは「動く遺伝子」
ウイルスは「動く遺伝子」〜コロナウイルスパンデミックから見えてきた、
新しい生命誌のあり方〜 中村桂子 (著) エクスナレッジ (2024/5/2)
https://www.brh.co.jp/news/detail/968
JT生命誌研究館名誉館長の中村桂子氏は、同館にある「生命誌絵巻」の制作者であ
るが、コロナ禍を経て、ウイルスの重要性を再認識する必要性を感じ、この本となった
ようだ。オススメ本。
9.本の紹介:サルと哲学者
サルと哲学者:哲学について進化学はどう答えるか 新潮社 2023/12/14
ファルシッド・ジャラルヴァンド (著), 久山 葉子(訳)
https://www.shinchosha.co.jp/book/507381/
『変身』のグレーゴル・ザムザは虫になっても本人のままなのか。『罪と罰』のラスコー
リニコフはなぜ老婆を殺して罪悪感を覚えたのか。自己同一性や道徳の起源など人類永
遠のテーマについて著名な哲学者や思想家が答えを出してきた。それは現代自然科学か
らみたときどれくらい正しいのか。スウェーデンの新鋭が読み解く。(新潮社のHPより)
名城大学図書館の新刊コーナーにあったが、背表紙のタイトルが分かりにくく、気にな
って手に取ってみたのが本書。著者はイラン・テヘラン生れ。3歳のときに家族とともに
スウェーデンに移住した微生物学者・ワクチン研究者。普通に読んでもそれなりに理解
できるが、「哲学」の素養があれば、もっと楽しめるはず。それができないのが残念。以
前にウンベルト エーコ (著)「カントとカモノハシ」岩波書店2003/3/28を名前につら
れて上下巻を買ったが、「essere(イタリア語のbe動詞)は定義できるか」という命題の
議論が延々と続き(What is “is” ? としても、isが定義されなければ解決しない?)、カ
モノハシに到達する前に沈没したことを思い出した。
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2024年 8月
1.メラミンスポンジから大量のマイクロプラスチックが
2.魚の「首の骨」の数は1個だけ
3.コモドドラゴンの歯は鉄でコーティングされている
4.新型コロナに感染した細胞だけを攻撃する「キラーT細胞」作製に成功
5.在来種以外のオオサンショウウオなどを特定外来生物に指定
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1.メラミンスポンジから大量のマイクロプラスチックが
水に濡らすだけでしつこい汚れを落とせるメラミンスポンジ(商品名「激落ちく
ん」など)を使ったことのある人も多いと思うが、世界規模に置き換えると1カ月
で最大1兆5500億本のマイクロプラスチック繊維が放出されている可能性がある
という報告が出た。南京の南東大学などの研究タームが、Amazonで購入した有名
ブランドのメラミンスポンジ3種類を、同じ回数と距離になるように金属の表面を
こすって、スポンジの摩耗速度と放出されるマイクロプラスチック繊維の量を測定
したところ、平均で1グラムあたり約650万本の繊維が放出されていたとのことだ。
たしかに、使うと減ってくるので細かい断片がどこかに消えていることは想像でき
るので当然の結果であるとはいうものの、実際の数を聞くと、このまま使用して良
いのか考えてしまう。
Mechanochemical Formation of Poly(melamine-formaldehyde) Microplastic Fibers During Abrasion of Cleaning Sponges
Environmental Science & Technology ol 58/Issue 24Article
https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acs.est.4c00846
2.魚の「首の骨」の数は1個だけ
背骨を持つ脊椎動物は、陸上に進出した後に頸椎の数を増やし、複雑な「首」を
獲得していった。哺乳類はヒトや、キリンなど首の長い動物も含め、ほとんどの種類
で首の骨は7個。爬虫類は8個程度、鳥類は11~25個とされる。ところが、魚類
は「首」がどの部分か良く分からず、頸椎に該当する骨は分かっていなかった。脊椎
動物のからだに共通してみられる背骨は、椎骨が連なった繰り返し構造をしていて、
ヒトの各椎骨は前方から、首の骨である「頸椎」、肋骨と接続する「胸椎」、そして
「腰椎」、「仙椎」、「尾椎」と分かれている。魚にも肋骨があり、魚も「胸椎」をも
っていることがわかる。埼玉大学等の研究チームは、Hox遺伝子を壊したゼブラフ
ィッシュやメダカを多種類作製し、どの位置の椎骨に異常が生じ、椎骨の個性を決
めているかを調べた。その結果、魚の2番目の椎骨は「胸椎」と考えられ、魚の最
前部の椎骨のみが「頸椎」と類似した性質をもつ可能性を示した。つまり、魚類で
は「頸椎」は1番目の1個だけということになる。
Hox code responsible for the patterning of the anterior vertebrae in zebrafish
Development (2024) 151 (14): dev202854. https://doi.org/10.1242/dev.202854
https://journals.biologists.com/dev/article-abstract/151/14/dev202854/361112/The-Hox-code-responsible-for-the-patterning-of-the?redirectedFrom=fulltext
https://www.saitama-u.ac.jp/topics_archives/202407081400.html
3.コモドドラゴンの歯は鉄でコーティングされている
世界最大のトカゲ・コモドオオトカゲVaranus komodoensis)の歯は鉄のコーテ
ィングで強化されていることが明らかになった。ビーバーやラット、トガリネズミ
などの齧歯(げっし)類の歯には、金属が含まれており、歯が強化されていることは
知られているが、は虫類としては新発見となる。研究チームは恐竜の歯について知
りたかったが、そのためにコモドドラゴンを選んだという。コモドドラゴンのギザ
ギザの鋸歯状の縁にオレンジ色がついているのに注目して分析したところ、エナメ
ル質の上に鉄がコーティングされていることを発見した。研究者は恐竜の歯はエナ
メル質が厚いので鉄のコーティングの必要はなかったと考えているという。
Iron-coated Komodo dragon teeth and the complex dental enamel of carnivorous reptiles
Nature Ecology & Evolution (2024) Open access Published: 24 July 2024
https://www.nature.com/articles/s41559-024-02477-7
4.新型コロナに感染した細胞だけを攻撃する「キラーT細胞」作製に成功
京都大学などの研究チームはES細胞から新型コロナウイルスに感染した細胞だ
けを攻撃する「キラーT細胞」の作製に成功したと発表した。研究チームが作製し
た「キラーT細胞」は、新型コロナウイルスに含まれる特有のタンパク質を認識し
攻撃する。材料として使う ES 細胞は、拒絶されにくいように、HLA遺伝子を欠失
させました。作製された T 細胞製剤は、1 種類で日本人の約 6 割に使えるとのこ
と。
今回開発された技術は他のウイルスにも転用が可能であるという。
https://www.kyoto-u.ac.jp/ja/research-news/2024-07-30-0
https://www.kyoto-u.ac.jp/sites/default/files/2024-07/web240729_Kawamoto_LiMe_-6db488164f0e6257b9c606955669d522.pdf
5.在来種以外のオオサンショウウオなどを特定外来生物に指定
環境省は7月1日からオオサンショウウオのうち、国の特別天然記念物に指定さ
れている日本固有種以外のものとアフリカヒキガエルを特定外来生物に指定した。
オオサンショウウオは、中国から食用目的で輸入された外来個体が自然界で繁殖
し、固有種の生態を脅かしている。アフリカヒキガエルはまだ日本では確認されて
いないが、皮膚に毒を持つため、侵入した場合にヒトや生態系への影響がある可能
性があり、被害を未然に防止する狙いだという。
環境省 特定外来生物等一覧
https://www.env.go.jp/nature/intro/2outline/list.html
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2024年 9月
1.科学技術指標2024・日本は相変わらず低迷
2.ノートはタブレットより暗記学習には向いている?
3.深海で作られる「暗黒酸素」
4.エウロパやエンケラドゥスの地表近くでの生命の可能性
5.70万年前のフローレス原人の上腕骨化石
6.木の樹皮の微生物がメタンを吸収している
7.現生の肺魚のゲノム比較
8.軟体動物の骨格の起源を知る手掛かり
9.本の紹介「しっぽ学」
10.本の紹介「なぜテンプライソギンチャクなのか」
11.本の紹介「DNAとはなんだろう」
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1.科学技術指標2024・日本は相変わらず低迷
文部科学省科学技術・学術政策研究所は8月9日、日本や主要国の科学技術活
動を分析した報告書「科学技術指標2024」を公表した。国別の研究開発費や研究
者数は世界3位、総論文数は5位を維持したが、研究者による引用回数が上位1%
に入る「トップ論文」の数は昨年と同じく過去最低の13位で、韓国やイランを下
回った。いまや、ニュースにもならない状態が続いている。
自然科学の論文数では2020年に中国が米国を抜いて世界1位になり、2022年
には「トップ論文」でも米国を抜き、独走状態が続いている。しかし、自国内で引
用された割合は中国が62%(米国24%、日本の10%)で、「中国の順位は自国内
での引用の多さも影響しているだろう」との指摘もある。順位を競うのはどうかと
思うが、日本の「将来」を考える資料のひとつではある。博士課程の入学者数が4
年ぶりに増加に転じた、というデータもあるが、数が増えれば良いということでは
ないと思う。
文部科学省 科学技術・学術政策研究所 科学技術指標2024
https://www.nistep.go.jp/research/science-and-technology-indicators-and-scientometrics/indicators
2.ノートはタブレットより暗記学習には向いている?
2024年には、小学5年生から中学3年生の英語の授業でデジタル教科書の導入
が開始された。しかし、紙のノートの方がタブレットなどより「目が疲れにくい」
「書き込みやすい」といった指摘もある。暗記学習において、どちらが向いている
のかに関して、文具メーカーのコクヨと立命館大学の研究者と共同で実施した「紙
のノートとデジタル端末であるタブレットの筆記における記憶効果の比較実験」
を行った。その結果、タブレットに比べてノートのほうが、記憶への高い効果が得
られたという。 実験は大学生を対象とし、タブレットと紙のノートそれぞれを使
用して手書きでメモを取り、そのメモをもとに暗記学習をした上で暗記テストを
受けるという方法で行われた。タブレットに比べてノートの方が、記憶への高い効
果が得られたという。2.5か月後に実施した復習後の暗記テストでは、ノートの方
が20パーセント得点が高いという結果になった。この実験においては、紙のノー
トにメモする方が、記憶に定着しやすいことが示されたことになる。
https://www.kokuyo.co.jp/newsroom/news/category/20240731st.html
3.深海で作られる「暗黒酸素」
光が到達しない暗黒の海底での酸素の生成が確認された。地球上の酸素の生成
は光合成を行なう植物や藻類のみによって行われるという従来の考えが覆される
発見である。深海の海底には多金属ノジュール(polymetallic nodule)とよばれる
球状の鉱質沈着物が存在し、そこにはコバルト・ニッケル・銅・リチウム・マンガ
ンなどの元素が含まれている。これらは電池にも使われている元素で、電池と同様
に電流が発生し、海水の電気電解が起きることで酸素が発生すると考えられる。実
際に海底から採取した団塊で実験すると、1つの団塊の表面で最大0.95ボルトの
電圧が記録され、さらに団塊を集合させることではるかに高い電圧を生み出すこ
とができたという(geobatteryと呼ばれる)。この電圧による電気分解で作られた
酸素を使って生きている生物や未知の深海における生態系も考えられる。深海で
の金属元素の採掘を計画している企業もある中で、新たな発見は議論を呼びそう
だ。
Evidence of dark oxygen production at the abyssal seafloor
Nature Geoscience volume 17, pages737–739 (2024)
Open access Published: 22 July 2024
https://www.nature.com/articles/s41561-024-01480-8
Mystery oxygen source discovered on the sea floor — bewildering scientists
Nature NEWS 22 July 2024
https://www.nature.com/articles/d41586-024-02393-7
4.エウロパやエンケラドゥスの地表近くでの生命の可能性
木星の衛星・エウロパと土星の衛生・エンケラドゥスは、太陽系の天体のなかで
地球外生命が生まれる可能性が最も高いと考えられている。エウロパでは大量の
酸素が生成されているとされ、エンケラドゥスでは噴出する氷に生命の構成要素
であるリンが含まれていることがわかっている。そして、両衛生の内部には液体の
海が存在していると考えられている。アミノ酸や核酸などの有機化合物が、これま
で考えられていたよりも地表に近い場所で検出される可能性があることがNASA
の実験によって示されたという。
Radiolytic Effects on Biological and Abiotic Amino Acids in Shallow Subsurface Ices on Europa and Enceladus
Astrobiology Open access Published Online: 18 July 2024
https://doi.org/10.1089/ast.2023.0120
https://www.liebertpub.com/doi/10.1089/ast.2023.0120
5.70万年前のフローレス原人の上腕骨化石
東京大やインドネシア地質調査センターなどの国際研究チームによって、インド
ネシア東部のフローレス島で、約70万年前の原人の上腕骨化石を発見された。同
島で約6万年前の化石が見つかっている身長約1メートルの小柄な「フローレス
原人」の祖先に当たるものだという。右上腕の肘関節に接する下半分で、長さ8.8
センチ。上腕骨全体の長さは22センチ弱と推定され、世界各地でこれまで知られ
た人類化石の中で最も小さいという。レプリカが8月7日から東京駅丸の内南口
のkitteにあるインターメディアテクで展示されているというので、帰りに立ち寄
った。レプリカであるし、小さいので、見応えがあるものではないが、一見の価値
はある。
Early evolution of small body size in Homo floresiensis
Nature Communications volume 15, Article number: 6381 (2024)
Open access Published: 06 August 2024
https://www.nature.com/articles/s41467-024-50649-7
https://www.um.u-tokyo.ac.jp/research/umutnews/20240807.html
6.木の樹皮の微生物がメタンを吸収している
産業革命以降における気温上昇の約30%は、メタンが原因と考えられている。
二酸化炭素が300年から1000年も大気中に留まるのに対して、メタンは7年から
12年と寿命はすごく短いが、温室効果は100年で二酸化炭素の28倍、20年の短
期だと80倍もあるとされている。これまで、陸地でメタンを吸収するのは土壌だ
けと考えられていたが、木の樹皮に生息する微生物が大気中のメタンを大量に吸
収し、樹木による温暖化緩和を約10%促進させていることが報告された。今回の
新たな発見で、樹木が土壌と同等かそれ以上に重要な存在になる可能性が示され
た。森林の伐採が地球温暖化に与える影響を再考する材料となりそうだ。
Global atmospheric methane uptake by upland tree woody surfaces
Open access Published: 24 July 2024
Nature volume 631, pages796–800 (2024)
https://www.nature.com/articles/s41586-024-07592-w
7.現生の肺魚のゲノム比較
現生の肺魚として、アフリカに4種(すべてProtopterus属)、南アメリカに1
種、オートラリアに1種が知られており、オートラリアのものが最も祖先種に近い
と考えられている。ドイツの研究チームによって、アフリカの肺魚Protopterus
annectens、南アメリカの肺魚Lepidosiren paradoxaのゲノムが解析され、2021年
に発表されたオーストラリア肺魚Neoceratodus forsteriのゲノムとの比較も加え
て、海から陸への進出の過程が考察された。肺魚はゲノムサイズがヒトと比べても
はるかに大きく、繰り返し配列が多い。オーストラリア肺魚のゲノムサイズは 40
G、アフリカ肺魚は91G、南アメリカ肺魚は40G で、これまで知られている脊
椎動物の中では肺魚のゲノムが最も大きい。ゲノムサイズが大きいのはトランスポ
ゾンの数が増えた結果と考えられる。しかし、機能的遺伝子の数は、どれも2万前
後で、独立して2億年以上進化し、しかもゲノムのサイズが倍以上違うのに、遺伝
子の構成は極めてよく保存されていることが明らかになった。2021年の論文では、
エラ呼吸から肺呼吸への進化、嗅覚の発生、鰭から足への進化などに関する遺伝子
に焦点を当てられたが、今回の論文でもそれらが追認された形になっているとい
う。
The genomes of all lungfish inform on genome expansion and tetrapod evolution
Nature (2024) Published: 14 August 2024
https://www.nature.com/articles/s41586-024-07830-1
8.軟体動物の骨格の起源を知る手掛かり
動物の分類では、旧口動物は脱皮動物と冠輪動物に二分される。冠輪動物はトロ
コフォア型の幼生期をもつ動物群で、扁形動物、紐形動物,軟体動物,環形動物等
が含まれる。その中でも軟体動物は現存する最も多様な門の一つであり、アサリな
どの二枚貝からカタツムリのような腹足類、タコなどの非常に複雑な頭足類まで、
形態は大きく異なっている。しかし、化石や現生種から得られる情報が限られてお
り、軟体動物の祖先の特徴についてはよく分かっていない。今回、中国の研究チー
ムによって、棘に覆われたドリアンのように見えるカンブリア紀の新しい化石
Shishania aculeataの解析が行われた。この化石は中空のキチン質の硬皮で覆われ
た背中などの特徴を持ち、硬皮は環形動物や腕足動物の剛毛に似た細管状の微細
構造をしていることが判明した。このことから、冠輪動物の初期の生物群と軟体動
物の祖先の中間に位置する生物であると考えられる。また、そうなると、軟体動物
の進化では単純なキチン質の剛毛からより複雑なバイオミネラル化した骨格形態
へ移行したことになる。
A Cambrian spiny stem mollusk and the deep homology of lophotrochozoan scleritomes
Science 1 Aug 2024 Vol 385, Issue 6708 pp. 528-532
DOI: 10.1126/science.ado0059
https://www.science.org/doi/10.1126/science.ado0059
9.本の紹介「しっぽ学」
しっぽ学 (光文社新書 1326) 東島 沙弥佳 (著) 2024/8/20
https://www.kobunsha.com/shelf/book/isbn/9784334104009
多くの動物にあって、ヒトにはないしっぽ。遠い遠い祖先にはしっぽが生えてい
たが、およそ1800万年前の化石ではすでにしっぽを失っていた。ヒトはしっぽを
どのようにして失ったのだろうか。はたまた、人は長い歴史の中で、たくさんのの
しっぽを描いてきた。八岐大蛇、九尾狐、あるいはしっぽの生えた人々。『日本書
紀』にもしっぽの生えた人が登場し、現代ではケモ耳キャラの重要なモチーフだ。
そんなしっぽは人にとってどんな象徴なのだろうか。しっぽが分かれば、ひとが分
かる——。 文理の壁を越えて研究を続けるしっぽ博士が魅惑のしっぽワールドに
ご案内![光文社のHPより]
著者の東島沙弥佳さんは、奈良女子大学文学部卒業後に京都大学大学院理学研
究科に進み、博士(理学)となるという経歴で、専門を「しっぽ学」としている。
実は、今年の2月にNatureにヒトの「しっぽ」の喪失に関する論文が出ている。
https://www.nature.com/articles/s41586-024-07095-8
尾の発生に重要な遺伝子であるTBXTの非コード部分へのトランスポゾンの挿入
が、この遺伝子の選択的スプライシングにつながり、しっぽの喪失につながった可
能性を示唆する内容である。(選択的スプライシングの例として授業で使えるネタ
だと思うが・・・)
この論文について、何か書かれていないかと思って購入したが、はたして記載が
あった。この論文が出たときに、複数の新聞社などからコメントを求められたが、
ひとつの可能性が示されただけで、「いつ・なぜ・どのようにしっぽをなくしたか」
について解決したわけではないと断じている。また、論文の著者は「しっぽの喪失
が直立二足歩行と関係している」と言っているが、「それは間違いだ」(しっぽの
喪失と直立二足歩行とは無関係)とも言っている。
10.本の紹介「なぜテンプライソギンチャクなのか?」
なぜテンプライソギンチャクなのか? 泉貴人 (著) 晶文社 2024/7/12
https://www.shobunsha.co.jp/?p=8303
“海老天”そっくりな謎の生物、極寒の地で絶滅したはずの”亡霊”、水族館の奥で
15年間ひっそりと飼育されていた”怪物”。日本一のイソギンチャク新種発見数を
誇る若き分類学者が、これまで邂逅・命名したイソギンチャクとのエピソードと、
激動の来し方をしゃべり倒す![晶文社のHPより]
イソギンチャクについて書かれた本は多くないので、興味深い話が次々と出て
くる。自慢話も多く、くだけた文体も気になるが、分類学者の研究生活や水族館や
他の研究者などとのネットワークの大切さがよく分かる内容である。
11.本の紹介「DNAとはなんだろう」
DNAとはなんだろう 「ほぼ正確」に遺伝情報をコピーする巧妙なからくり (ブル
ーバックス) 武村政春(著) 2024/8/23
https://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000397893
「しっぽ学」を買いに丸善(金山店)に行ったら、見つけたので買ってきた。
日生教・東京大会の実験講座でお世話になった、武村政春先生の最新刊。
帯には「DNAの見方が変わる、極上の生命科学ミステリー」「果たして
ほんとうに〈生命の設計図〉か?」とある。「二重らせん」の発見から70年を経て、
DNAが単なる「設計図」ではないことも分かってきた。DNAに関する最新の知識
がうまくまとめられている。オススメ。
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2024年 10月
1.奄美大島のマングース、根絶を宣言
2.チリメンモンスター中にフグが混入
3.イースター島で起こったことを遺伝子解析で調べる
4.「マリモ」東京周辺で続々発見
5.哺乳類の「腸呼吸」を発見-今年のイグ・ノーベル賞
6.ヒトはデンプンをより消化しやすいように進化してきた
7.生きたマウスの皮膚を透明化
8.オスの蚊は羽音でメスを判別
9.本の紹介「なぜ鏡は左右だけ反転させるのか」
10.本の紹介「命をつなぐ、献血と骨髄バンク」
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1.奄美大島のマングース、根絶を宣言
環境省は9月3日、鹿児島県奄美大島で駆除を進めてきた特定外来生物マングー
スについて、「根絶宣言」を発表した。「生物基礎」の教科書にも「特定外来生物」
としてフイリマングースが記載されているものもあり、話題にするときに補足する
必要も出てくる。マングースは、1979年ごろにハブ対策の目的で先に導入されてい
た沖縄から持ち込まれた。しかし、島内のアマミノクロウサギなど希少な野生動物
を襲っていることがわかり、国が2000年度から駆除を本格化した。いったん定着し
たマングースがこれほど大きな島で根絶されたことはなく、「世界的に前例のない、
生物多様性保全上の重要な成果」としている。マングースの導入後、観光客相手に
ハブとマングースを闘わせるショーが奄美大島だけでなく、愛知県でも香嵐渓ヘビ
センター(1993年に閉園)でも行われていた。奄美大島におけるマングースの根絶
については、マングース捕獲専門チーム「奄美マングースバスターズ」の貢献が大
きいとされる。しかしながら、奄美大島固有の生物にとっての敵はマングースだけ
でなく、野生化したネコも大きな問題となっている。また、沖縄本島にはマングー
スがまだいて、ヤンバルクイナなどの固有種の脅威となっいる。
奄美大島における特定外来生物フイリマングースの根絶の宣言について(環境省)
https://www.env.go.jp/press/press_03661.html
https://kyushu.env.go.jp/okinawa/awcc/mongoose.html
2.チリメンモンスター中にフグが混入
ちりめんの中に、フグのような魚を見つけたというSNSの投稿が話題になってい
て、保健所は、見つけても食べないように注意を呼びかけているという。「生物基礎」
の教科書の中にも「チリメンモンスター」を使った観察が載っているものもあるの
で、注意が必要かもしれない。チリメンモンスターHP(株式会社カネ上)には、
「食べないように」という注意書きがある
チリメンモンスターHP(株式会社カネ上)
https://www.kanejo.com/tirimon/tirimon.html
ふぐの混入に注意(和歌山県)
https://www.pref.wakayama.lg.jp/prefg/031600/d00214199.html
大日本水産会
https://osakana.suisankai.or.jp/health_safe/2655
3.イースター島で起こったことを遺伝子解析で調べる
遺伝子解析でこんなことも分かる、という例として授業で使えそうなネタ。この
論文が載ったNature誌の表紙はモアイ像であった。イースター島のモアイ像は17
世紀を最後に作られなくなった。その原因として、先住民が森林伐採を進めた結果、
飢餓と紛争が発生し、文明の崩壊によって人口が大幅に減少したという説が一般的
である。ゲノム解析から、先住民ラパ・ヌイ人はパプアニューギニアから海を渡って
移住してきた民族であることがわかっている。今回の研究では、17~20世紀に生き
たラパ・ヌイ人15人の遺伝情報を解析し、遺伝子の多様性から人口減少は起こって
おらず、緩やかな増加があったことが示された。また、アンデスのアメリカ原住民の
ゲノムの流入がはっきりと認められ、25-30年を一世代として計算すると、1300年
から1400年の間にアメリカ先住民との交雑が起こったと考えられるという。
Ancient Rapanui genomes reveal resilience and pre-European contact with the Americas
Open access Published: 11 September 2024
Nature volume 633, pages389–397 (2024)
https://www.nature.com/articles/s41586-024-07881-4
4.「マリモ」東京周辺で続々発見
マリモといえば、北海道の阿寒湖が有名であるが、最近になって、自宅の水槽に
マリモが発生した、という報告が相次いでいる。3年前、神奈川県に住む男性が多摩
川の河原で拾った石を熱帯魚を飼育している水槽に入れたところ、付着していた藻
がムクムクと丸く成長し始めたので研究機関に連絡。日本では山梨県の住宅の水槽
からしか見つかっていなかった「モトスマリモ」の国内2例目であることが判明し
た。専門家はこうした国内の様々な場所に、温かい環境に耐えられる特徴を持った
マリモのもとが密かにいるのではないかと考えているとのことである。学校の生物
室の水槽から出てくる可能性もある。8月の日生教の東京大会の時に立ち寄った国
立科学博物館でも、そのような「マリモ」が展示されていた。
【国立科学博物館】ふたたび見つかった民家の水槽だけで発生するモトスマリモ
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000746.000047048.html
5.哺乳類の「腸呼吸」を発見-今年のイグ・ノーベル賞
米国科学誌「Annals of Improbable Research」が主催する「イグ・ノーベル賞(Ig
Nobel Prize)」は9月12日、今年の受賞者を発表し、京都大大学院などの「哺乳類
も肛門から酸素を取り込める」研究などが受賞した。日本人の受賞は18年連続。ド
ジョウが「腸呼吸」をすることは、新任研修の講師の先輩教員が紹介していたので、
以前から知っていたが、哺乳類もできることは知らなかった。新型コロナウイルス
の感染拡大の初期の頃には、肺が機能しなくなって病状が悪化した人も多かったが、
これを補うために腸から酸素を取り込むことができないかという研究が行われてい
たという。
「本家」のノーベル賞の医学生理学賞の発表は来週の月曜日10月7日に行われる。
https://www.med.osaka-u.ac.jp/archives/41261
イグ・ノーベル賞のHP https://improbable.com/ig/winners/#ig2024
イグ・ノーベル賞の受賞理由はdiscovering that many mammals are capable of breathing through their anus.とある
Mammalian enteral ventilation ameliorates respiratory failure
Clinical and Translational Resource and Technology InsightsVolume 2,
Issue 6p773-783.e5 June 11, 2021 Open Archive
https://www.cell.com/med/fulltext/S2666-6340(21)00153-7?_returnURL=https%3A%2F%2Flinkinghub.elsevier.com%2Fretrieve%2Fpii%2FS2666634021001537%3Fshowall%3Dtrue
論文発表時の東京医科歯科大学のプレスリリース
https://www.tmd.ac.jp/topics_detail/id=20210515-1
ドジョウの腸呼吸について
https://www.jstage.jst.go.jp/article/aquaculturesci1953/15/3/15_3_1/_pdf
ノーベル賞HP https://www.nobelprize.org/
6.ヒトはデンプンをより消化しやすいように進化してきた
農耕は、1万年ぐらい前にメソポタミアからエジプトにかけての中東で始まった
とされている。最初の穀物はムギだったが、中国ではコメ、アメリカではトウモロコ
シ、サハラ以南のアフリカではヤムイモと、その風土に合った作物の栽培が行われ
た。そして、この農耕の歴史はデンプンの消化に関与するアミラーゼ遺伝子の進化
を促す選択圧として働いたことも知られている。ヒトには3種類のアミラーゼ遺伝
子があり、AMY2A と AMY2B は膵臓で、AMY1 は唾液腺で発現している。ゲノム
研究から、それぞれの領域で重複による遺伝子増幅が起こっており、特に AMY1 で
は染色体あたり1個から9個まで大きな多様性があることが知られている。今回、
世界の各地の4292人のゲノムが解析され、特に AMY1 領域では、それぞれの民族
独自に重複や欠損が繰り返され、多型が生じたこと、農耕をしないネアンデルター
ル人やデニソーワ人ではこのような多型は存在せず、また古代人のゲノムを調べる
とホモサピエンスでも青銅器時代が始まるまでは重複による遺伝子コピーの数は少
ないこと、農耕がはじまる 12000-9000年前 で特定の多型が強く選択されているこ
と、などが示された。ヒトは農耕に伴ってはデンプンをより消化しやすいように進
化してきたといえる。
Recurrent evolution and selection shape structural diversity at the amylase locus
Nature (2024) Open access Published: 04 September 2024
https://www.nature.com/articles/s41586-024-07911-1
https://www.nature.com/articles/d41586-024-02825-4
7.生きたマウスの皮膚を透明化
H.G.ウエルズの「透明人間」では、薬を飲んで透明になるが、肉体が変化して空
気と屈折率が等しくなると「透明」になるというもののようだ。今回、光を強く吸
収する一般的な食用色素を生きたマウスに局所的に塗布することで、マウスの組織
を透明化し、頭皮の血管や、腹部の皮下にある臓器の動き、さらに筋肉の小さな収
縮単位が動いている様子を見ることに成功したという。
まずは、一見にしかずで、https://www.science.org/doi/10.1126/science.adm6869
から、実際に肝臓や腸が皮膚を通して見ることができることを自分の目で確かめて
みるとよい。
タートラジンという一般的な食用色素(水に溶いて使用。日本では「食用黄色4号」)
を局所的に塗布すると、これが近紫外領域および青色領域のスペクトル光を吸収し、
それにより組織の水溶性部分の屈折率が変化して、近傍の高屈折率物質の屈折率と
よりよく一致するようになるという原理を使ったという。
Achieving optical transparency in live animals with absorbing molecules
Science 6 Sep 2024 Vol 385, Issue 6713 DOI: 10.1126/science.adm6869
https://www.science.org/doi/10.1126/science.adm6869
8.オスの蚊は羽音でメスを判別
名古屋大大学院の研究グループは、蚊のヒトスジシマカとネッタイシマカのオス
が、羽音を聞き分けて同種のメスを判別していたとする実験結果を示した。マラリ
アやデング熱などの感染症を媒介する蚊は世界中で生息域が拡大。中でもネッタイ
シマカは病気を媒介する確率が高いとされる。海外ではヒトスジシマカとネッタイ
シマカが共存している地域があるが、異種間での交配はなく、理由は不明だった。
研究グループが、羽音の周波数を計測したところ、オスとメスのいずれも、ヒトス
ジシマカがネッタイシマカよりも34ヘルツ高いことが判明した。スピーカーで人
工の羽音を流したところ、オスは同種のメスの羽音に近い周波数のみに反応して集
まった。日本に生息しているのは主にヒトスジシマカであるが、蚊の駆除や感染症
対策に活用できる可能性がある。
Differences in male Aedes aegypti and Aedes albopictus hearing systems facilitate recognition of conspecific female flight tones
iScience Volume 27, Issue 7110264 July 19, 2024 Open access
https://www.cell.com/iscience/fulltext/S2589-0042(24)01489-5
9.本の紹介「なぜ鏡は左右だけ反転させるのか」
なぜ鏡は左右だけ反転させるのか 空間と時聞から考える哲学
加地大介 (著) 教育評論社 2024/5/21
https://www.kyohyo.co.jp/publication/detail.html?pid=199
図書館の「新着」にあったので借りてきた。「鏡に映ると上下は反対に見えないの
に左右が反対に見えるのはなぜなのか」という疑問について書かれたものだが、
2003年に哲学書房から出版された「なぜ私たちは過去へ行けないのか-ほんとうの
哲学入門」を増補・改訂・改題したもの、とある。加地氏の専門は形而上学および
論理哲学で、哲学書ということになる。この問題についての本があったと思って探
したら、「鏡の中のミステリー: 左右逆転の謎に挑む (岩波科学ライブラリー 55)
高野陽太郎 (著) 1997/10/22が出てきた。
https://www.iwanami.co.jp/book/b265837.html
こちらの著者の高野氏の専門は認知科学(認知心理学,社会心理学)。つまり、
この問題は生物学の問題ではないようで、私の頭ではどちらも「ついていけない」
状態になってしまう。両者ともに、過去の諸説の検討から始まる点では共通であり、
カントやデカルトなど哲学者の考えも紹介されている。高野氏の方は、2015年に
「鏡映反転 紀元前からの難問を解く」が岩波書店から出版されている。
https://www.iwanami.co.jp/book/b261150.html
岩波科学ライブラリーでは参考文献が掲載されていないが、こちらの方には載って
いる。また、岩波のサイトから無料ダウンロード資料として「附章」と「図表ファイ
ル」を見ることもでき、これらを見ると、本編がどんな内容かもわかる。「実験」も
行われているが心理学の実験なので、多くは「被験者がどう認識するか」というア
ンケート調査が多い。
「なぜ鏡は左右だけ反転させるのか」は生物学ではなく心理学、哲学の課題であ
ることが分かる。上記の二人の著者は専門分野が異なるので、お互いに参考文献に
入れていないことも、やや違和感を覚える。
10.本の紹介「命をつなぐ、献血と骨髄バンク」
「命をつなぐ、献血と骨髄バンク (岩波ブックレット 1089) 岡田 晴恵 (著)
2024/3/7 https://www.iwanami.co.jp/book/b641560.html
献血で集められた血液はどう使われる? 現在の献血協力者と骨髄バンクのドナ
ー登録者の多くは中高年齢層!? 少子高齢化社会で将来はどうなる? 現状を知る
ことが、私たちの手で医療を守る第一歩。献血や骨髄バンクの必要性、しくみ、危
機に瀕する国内状況を知って、さい帯血バンクの可能性などについても考えよう。
(岩波書店のHPより)
著者の名前を見て、「あの人?」とわかる人も多いのではないか。コロナ禍の最初の
頃にテレビのワイドショウでよく見かけた「あのひと」だ。献血と骨髄バンクにつ
いてコンパクトにまとめられた良書である。名城大学の講義でも学生に回覧した。
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2024年 11月
1.葉緑体を動物培養細胞に移植
2.PFASが子どもの「染色体異常」に関連する可能性
3.ノーベル生理学・医学賞:線虫から「マイクロRNA」の発見
4.本の紹介:RNAの科学
5.本の紹介:「Y」の悲劇
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1.葉緑体を動物培養細胞に移植
ウミウシの一種が藻類の葉緑体を取り込み、光合成機能を保った状態で長期間
維持する(盗葉緑体)現象が話題になっているが、この現象に注目して一般の動
物細胞に葉緑体を移植する研究も行われているようだ。今回、東大などの研究チ
ームが報告したのは、ハムスターの細胞を特殊な環境で培養して貪食作用を高め
て紅藻の葉緑体を取り込ませ、取り込まれた葉緑体は、細胞内小胞内でチラコイ
ド構造を保持し、光化学系IIの電子輸送活性を、取り込み後少なくとも2日間維
持したというものである。ウミウシの場合の維持期間に比べれば遠く及ばない。
チームの代表者は「現在は培養細胞の段階だが、例えば将来、光合成を行う皮膚
細胞を家畜に移植できれば餌代の節約につながるだろう」と言っている(産経新
聞)ようだが、その先には「ヒトへの導入」という流れも見え隠れする。「新聞ネ
タ」としては話題性があるが、そもそも、葉緑体の細胞内共生によってその後に
「植物」が誕生したのであるが、長い進化の歴史の中で、動物のように移動性の
ある大形の「植物」は生じてこなかったことを考えると、ご都合主義で生物を改
変することが良いことなのか考える必要がありそうだ。
Incorporation of photosynthetically active algal chloroplasts in cultured mammalian cells towards photosynthesis in animals
Proceedings of the Japan Academy, Series B Article ID: pjab.100.035
https://www.jstage.jst.go.jp/article/pjab/advpub/0/advpub_pjab.100.035/_article
2.PFASが子どもの「染色体異常」に関連する可能性
環境問題としてマイクロプラスチックと並んで話題になっているPFAS。有機
フッ素化合物のうち、ペルフルオロアルキル化合物及びポリフルオロアルキル化
合物を総称して「PFAS」と呼び、1万種類以上の物質があるとされる。耐水性や
耐油性、化学的安定性があるためにいろいろな製品に使われている。防水・撥水
加工された衣類、カーペットや家具の撥水・撥油加工、非粘着フライパンや鍋、
耐油・耐水の包装紙や容器、塗料やインク、ウォータープルーフのマスカラやア
イライナー、ファンデーションなどの化粧品等、実際に使っている人も多いと思
う。消火器の消火泡にも使われ、米軍基地の近くの水道水から多量のPFASが検
出されて問題となっているが、もっと身近な存在である。発がん性や内分泌撹乱
物質としての活性などが注目されてきたが、今回、ヒトの初期発生における染色
体異常の可能性が示されたことになる。さらなる調査・研究が必要であり、あく
までも「第一報」的なものではあるが、注目に値する。「とっても便利」-「広範
囲で使用」-「危険なので使用停止」-「すでに広まってしまってすぐにはなく
ならない」の連鎖は今回も繰り返されることになりそうだ。高校の歴史の教員が
授業で、「歴史を学ぶ意義は、《同じ過ちを繰り返さない》ためではなく、《人類は
同じ間違いを何度も繰り返すことを認識する》ことである」と言っていたことを
思い出す。
Maternal Exposure to Per- and Polyfluoroalkyl Substances and Offspring Chromosomal Abnormalities: The Japan Environment and Children’s Study
Environmental Health Perspectives Volume 132, Issue 9 CID: 097004
https://ehp.niehs.nih.gov/doi/10.1289/EHP13617
https://www.nies.go.jp/whatsnew/2024/20240918/20240918.html
有機フッ素化合物(PFAS)について(環境省)
https://www.env.go.jp/water/pfas.html
3.ノーベル生理学・医学賞:線虫から「マイクロRNA」の発見
今年のノーベル生理学・医学賞は、遺伝子制御で重要な役割を果たす生体分子
「マイクロRNA」を発見した米マサチューセッツ大のビクター・アンブロス
Victor Ambros教授と、米ハーバード大のゲイリー・ラブカンGary Ruvkun教授
に授与されることになった。DNAの情報は核内でmRNAに転写され、mRNAの
情報にもとづいてリボソームでタンパク質が作られる、というのがセントラルド
グマであり、RNAとしてはmRNA、rRNA、tRNAが登場する。しかし、1990年
代後半になると細胞内にこの3種以外にも多くのRNAが存在していることが分
かってきた。線虫C. elegansを用いてアンブロス氏はlin-4遺伝子がタンパク質
をコードせず、マイクロRNAをコードしていることを発見。ラブカン氏がlin-14
遺伝子のクローンを作り、lin-4マイクロRNAがmRNAに結びつくことでlin-
14を抑制し、タンパク質を作らせないような仕組みであることを見いだした。こ
のように、タンパク質合成がmRNAの制御によって調節されることが明らかに
された。高校では、基本的に「生物」の内容であるが、「生物基礎」でセントラル
ドグマを紹介したあとに、遺伝子発現の「調節」も余裕があれば取り上げたいも
のである
(関連・・本の紹介: RNAの科学―時代を拓く生体分子―)
https://www.nobelprize.org/prizes/medicine/2024/press-release/
4.本の紹介:RNAの科学
RNAの科学―時代を拓く生体分子―) 金井 昭夫(編) 朝倉書店 2024.7.1
https://www.asakura.co.jp/detail.php?book_code=17186&srsltid=AfmBOorYko1QOOQuVXM9PeA4Huw8cuEO1ORh01ZtsV2GpzAFIUDPglmF
9月の初め(ノーベル賞の発表の前)に、図書館の「新着リスト」にあったので、
借りてきた。RNAについての現時点における知識をまとめた概論で、これ一冊
で十分(すぎる)、という感じのもの。編者の金井氏は日本におけるRNA研究の
大御所的な存在のようだ。また、著者のひとりである石野良純氏は、ゲノム編集
で使われるクリスパー・キャス9(CRISPR/Cas9)のうちの、クリスパーと呼ばれ
る遺伝子の発見者として知られている。著者のリストを見ていたら、12章の「細
菌のsRNA」の担当が森田鉄兵くんであることに気づいた。6年ほど前に名古屋
大学で内輪のセミナーで話をするという案内を偶然見つけて聴きに行って、高校
卒業以来の再会をしたが、その後も活躍しているようで、何よりである。
5.本の紹介:「Y」の悲劇
「Y」の悲劇 男たちが直面するY染色体消滅の真実 黒岩麻里著
朝日新聞出版 2024.5.20
https://publications.asahi.com/product/24825.html
表紙カバーには「Y」=男 とある。筆者の黒岩氏は名古屋大学出身で、現在は
北海道大学大学院教授。専門は生殖発生学・分子細胞遺伝学で、哺乳類。鳥類を
対象に、性染色体の進化や性決定の分子メカニズムの解明を目指す、とある。タ
イトルは、例の推理小説にあやかったものだが、どこが「悲劇」なのかよく分か
らない。性染色体や性決定に関することがいろいろ書かれている。一般書なので
深く掘り下げてはいないが、結局のところ、「よく分かっていないことが多い」と
いうことのようだ。
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2024年 12月
1.タンパク質の立体構造をAIで予測
2.イルカの呼気からマイクロプラスチック検出
3.PFASを水から除去する簡単な方法
4.魚は鏡に映った自分を認識する?
5.ホヤにも神経堤が存在
6.辛さを抑えたハバネロの開発
7.東京都で128年ぶりにボルボックスが発見される
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1.タンパク質の立体構造をAIで予測
11月22日の朝日新聞の1面に、今年のノーベル化学賞の受賞者である英グーグ
ル・ディープマインド最高責任者のデミス・ハサビス博士が来日したという記事があ
り、それに合わせて、6面にタンパク質の立体構造を予測するAIソフト「アルファ
フォールド」の紹介記事が出ていた。「研究者の1年、5分で再現 AIソフト、創薬
現場に衝撃 たんぱく質構造予測、短期間・低予算で」という見出しで、「パソコンで
グーグルのブラウザー「クローム」にアミノ酸の並びを打ち込むと、カラフルなひも
が絡み合ったたんぱく質の画像ができあがった。5分もかからなかった」とあったの
で、早速試してみた。グーグルのアカウントでサインインするのが必要であるが、ア
ミノ酸の1文字記号を入れるだけで数分たつと立体構造が表示され、自由に回転させ
ることができる。試しにやったのは、ヒト・インスリンA鎖
[GIVEQCCTSICSLYQLENTCN]で、B鎖もあるので、実際の立体構造とは異なる
と思うが、X線回折などで立体構造を解明していたことを考えると隔世の感がある。
https://deepmind.google/technologies/alphafold/alphafold-server/
2.イルカの呼気からマイクロプラスチック検出
米チャールストン大学の研究チームは、都会の河口域であるフロリダ州のサラソタ
湾に生息する5頭と、田園地域にあたるルイジアナ州のバラタリア湾河口付近に生息
する6頭のバンドウイルカの噴出孔から呼気のサンプルを採取したところ、イルカの
呼気からマイクロプラスチックが検出されたという。別に驚くなはあたらない結果で
あるが、イルカから見つかったプラスチックの種類はこれまで人間の呼気の調査で見
つかったものと同様で、最も多いのは通常衣類に使用されるポリエステルだという。
プラスチックによる環境汚染の防止に向け、初めてとなる国際条約の案をまとめるた
め韓国・プサン(釜山)で開かれていた政府間交渉委員会は、結局はプラスチックの
生産量の世界的な削減目標を設けるかどうかなどについて各国の意見の隔たりが埋
まらず、今回の交渉での合意は見送られた。規制の必要は感じているものの、合意に
はまだまだ時間がかかりそうだ。
First evidence of microplastic inhalation among free-ranging small cetaceans
PLOS ONE Research Article | published 16 Oct 2024
https://doi.org/10.1371/journal.pone.0309377
3.PFASを水から除去する簡単な方法
マイクロプラスチックと並んで話題になっているPFAS。有機フッ素化合物のうち、
ペルフルオロアルキル化合物及びポリフルオロアルキル化合物の総称で、1万種類以
上の物質があるとされている。PFASの中でも、PFOS(ペルフルオロオクタンスルホ
ン酸)、PFOA(ペルフルオロオクタン酸)は、幅広い用途で使用されてきたが、発が
ん性や免疫機能の低下など、健康への影響が報告されている。水道水やペットボトル
のミネラルウォーターからも検出されているが、中国とイギリスの研究チームの調査
では、水道水よりボトル水のPFAS濃度の方が低かった。研究チームはこの違いに注
目して、ボトル水の製造過程で行われている煮沸と活性炭フィルターによるろ過の効
果を調べた。その結果、やかんで沸騰させると、分析対象とした10種類のPFASす
べてで濃度の低下が確認できた。さらに、活性炭フィルターを使用したケースでは、
実験を行なったすべてのサンプルでPFASの濃度が81%~96%減少した。活性炭フィ
ルターでろ過したあと、さらに沸騰させると、濃度は81%~99.6%減少したとのこと
である。現段階の規制基準のもとでは、水道水にこのような処理がされる予定がない
ので、このような処理は自前で行うしかない。
Factors Influencing Concentrations of PFAS in Drinking Water: Implications for Human Exposure
ACS ES&T WaterVol 4/Issue 11 OPEN ACCESS
https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acsestwater.4c00533
4.魚は鏡に映った自分を認識する?
大阪公立大などの研究チームによって、魚は鏡に映った自分の体の大きさを認識し
ている可能性があることが示された。チームのこれまでの研究で、ホンソメワケベラ
には鏡に映る自分を認識する能力のあることが示されているが、今回は、鏡で自分の
大きさ(体長)をわかっているかどうかについて調べられた。実験では、水槽内の8
匹に、それぞれの個体より大きい、同じ、小さいの3種類の同種の魚の写真を見せた。
その結果、どの写真に対しても攻撃する時間はほぼ同じだった。一方、水槽に鏡を設
置して自分の姿を見せた後、3種類の写真を見せると、自分より小さな魚の写真には
より長い時間攻撃した。
Cleaner fish with mirror self-recognition capacity precisely realize their body size based on their mental image
Scientific Reports volume 14, Article number: 20202 (2024) Published: 11 September 2024
Open access
https://www.nature.com/articles/s41598-024-70138-7
https://www.omu.ac.jp/info/research_news/entry-13243.html
5.ホヤにも神経堤が存在
受精後の脊椎動物の胚には神経堤が形成され、脳の神経細胞や頭蓋骨などに分化す
る。神経堤は脊椎動物だけに存在するとみられていたが、近年はホヤの胚に神経堤に
相当する細胞があるのではないかと指摘されていた。甲南大や米プリンストン大の研
究チームがカタユウレイボヤCionaの受精卵を用いて実験。原始的な神経堤と目され
る細胞に、蛍光たんぱく質とレーザー光で他の細胞と区別できるように目印を付けた。
幼生になるまで調べると、「グリア細胞」と呼ばれる脳を構成する細胞などに分化し
た。この細胞が、脊椎動物の神経堤に似た特徴を持っていることが確認された。
Neural crest lineage in the protovertebrate model Ciona
Nature (2024) Published: 23 October 2024
https://www.nature.com/articles/s41586-024-08111-7
6.辛さを抑えたハバネロの開発
オレゴン州立大学の野菜育種家たちは最近、風味だけはそのままに辛くないハバネ
ロの新品種を2種類発表した。ハバネロと言えば「辛い唐辛子」として知れているが、
実際にはもっと辛いブート・ジョロキアやキャロライナリーパーなどが存在するから、
現在では、「最も辛い唐辛子」ではない。私がかつて勤務した愛知県立瑞陵高校には食
物科があって、食物専門の教員も多くいたが、収穫したハバネロを持っていっても誰
一人もらってくれなかった。辛さが強すぎて風味どころではなく、何の料理に入れて
も「ハバネロ」になってしまうからである。「マイルドなハバネロ」を作って需要はあ
るのか、についてはやや疑問が残るが、「風味を生かせるハバネロ」もあってもいいか
もしれない。オレゴン州立大学によると、辛くないハバネロは2025年には入手可能
になるだろうとのことである。
https://news.oregonstate.edu/news/mild-habanero-pepper-varieties-are-flavorful-without-fire-being-released-oregon-state
7.東京都で128年ぶりにボルボックスが発見される
旧江戸城の外堀で採取した水から、東京都では明治29年(1896年)以来128年ぶ
りにボルボックスが見つかった。東京都からは、1896年に東京帝国大学の石川千代
松教授が「日本のボルボックス」として東京のどこかで見つけたボルボックスを記載
している英文の論文があるが、以降は報告がないという。ボルボックスの走光性など
を研究している法政大学の植木紀子教授は、2021年5月に同大市ヶ谷キャンパスに
隣接する外堀の水を採取したところ、水中にボルボックスが見つかったという。その
後、東京大学や大阪工業大学、国立環境研究所などの研究チームによって、このボル
ボックスは今年になって神奈川県の相模湖など日本の湖沼から報告されているサガ
ミボルボックスVolvox sp. Sagamiと同定されたという。
Two species of the green algae Volvox sect. Volvox from the Japanese ancient lake, Lake Biwa
PLOS ONE Published: September 23, 2024 Open Access
https://doi.org/10.1371/journal.pone.0310549
https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0310549
https://www.hosei.ac.jp/info/article-20241017125504/