観察実験を安全に行おうとするとき。「このくらいはできるだろう」という前提を疑うのも必要だと感じることが増えてきました。
マッチをすって火をつける。試験管から別の試験管に液体を移す。ひもを結ぶ。出来て当たり前、まさかできないとすら思っていない。いざ作業を始めてから、時間ががやたらかかったり、失敗ばかりしたり。「え、これがうまくできないの?!」と驚いてしまいます。職員室でそんな話をしていたら、例えば家庭科では「パスタを○分ゆでる」という時に大鍋に水を入れ最初から乾麺を入れてしまってそこからの時間を計っていたとか、コンソメスープをつくるのに銀紙がついたまま鍋に放り込んで「溶けません」と言ってきたり、、、などという話を聞きました。これらの失敗をしてしまう生徒。必ずしも学力が高くない生徒、とは限りません。高めの生徒でも苦戦する場合も見かけます。授業を安全に確実にするためには、「今日の授業では、どんな作業が必要で、どんなことができないといけないか」を考える必要がありそうです。
こうした事が出来るようになるのは、学校での学習よりも日頃からの経験なのではないかと思いました。正確に調べたわけでなく、授業の話の合間に「お手伝い、家でよくやる人は?」と聞く程度のラフな話になりますが、手を挙げなかった生徒にこれらの作業がうまく出来ない生徒が多い気がします。AIが発展し、単なる知識的なことよりも人にしか出来ないことが求められるようになってくる今だからこそ。日頃からの経験、いわゆる生活力がより大切になってくるのかもしれません。
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