オトシブミ(落とし文)
昔、私が教員になる前、科学センターに勤めていたときの話です。
ある小学生が科学センターに質問しました。「なんでオトシブミは地面にゆりかご、落としちゃうの?」
小学三年生の国語の教科書の中に、オトシブミという昆虫について書かれたエッセイがあったそうです。樹についている葉を口で噛みきり、卵のゆりかごを作り、そのゆりかごは地面に落とす行動が書かれているそうです。卵はふ化したあと、幼虫はゆりかごの材料の葉を食べ、およそ二週間でさなぎになり、その後一週間くらいで成虫になります。
オトシブミも色々な種(しゅ)がいます。葉のゆりかごを完全に樹から切りはなして落としてしまうもの、一番太い葉脈だけ残して葉が枯れてしまわないようにするものなど。小学生に答えるからにはと色々調べているうち、葉を落とす種のオトシブミとそうでないのではどんな違いがあるのか、私自身も興味が深まってきました。
本を調べたり人に聞いたりしているうちに、いくつか分かってきました。まず、樹はただオトシブミに葉を切られているだけでは無いと言うこと。樹にしてみれば、オトシブミに葉を使われてしまうのは迷惑なことです。そこで傷のついた葉からは、いろいろな物質が分泌されるとの事です。それらの中には、オトシブミの卵のう(卵のたくさんあつまったもの)をつくるのを阻害したり、幼虫の成育の阻害をしたりする物質もあるそうです。
もう一つ分かったことがあります。オトシブミには幼虫の期間の長い種も短い種もあります。幼虫の期間の長いものはゆりかごの葉を落とす傾向にあり、短い物では落とさない傾向にあるそうです。
そこで成り立つ仮説があります。幼虫は親の作ったゆりかごの葉を食べて大きくなります。幼虫の期間が長いオトシブミほど、その葉の恩恵(影響)を受けます。葉に、樹が作った阻害物質(樹にとっては防衛の物質)が含まれていたら、その分大きなダメージを受けます。そこで影響を最小限にするため、オトシブミも樹に対抗し、葉を切り落としてしまう方向へ進化したのではないか、と仮説を考えました。葉も、樹から落ちてしまえば枯れて生命活動をしなくなり、阻害物質も生成されないでしょう。
植物と虫は、実に巧妙につながっています。
花の香りに誘われて蝶が来たり、蜜をあげる代わりに花粉を運んでもらったり。蜜をあげてアリを用心棒にしてみたり。罠にはめてしまう食虫植物なんてのもあります。
先のオトシブミの話も、そんなつながりの一つです。オトシブミが葉をおとしたゆりかごを作る。それだけの事にも、人には(ちょっと見)分からないつながりが隠されています。
私は非常に感嘆しました! 一つはそのつながりに対して。そしてもう一つ。私はそれまで、オトシブミは葉でゆりかごを作るものと見ていました。そこには何も疑問がわきませんでした。「葉をなんで落とすの?」という疑問を出すことの出来た小学生に対して感嘆しました。
知識が増えてくると「これはこういう原理でなりたっているから」とか「この場合はこういう風になるものだ」と片づけてしまいがちになります。科学というのも、物事をきちんと整理整頓して体系づけるものです。しかしヒトが体系づける以上に、自然界は遙かに多様性に富み、目に見えないつながりや”例外”だらけなんだなぁ、それをもっと本当に”謙虚”に見る・読む力が必要なんだなぁ、としみじみ感じました。
オトシブミという名の由来があります。木の葉でゆりかごは、初夏の時期に見られるそうです。丁度、ホトトギスの鳴き声(キョッキョッキョ、キョキョキョ)が聞かれ始める時期と一致するので、ホトトギスの送る手紙になぞらえて、オトシブミ(落とし文)というそうです。一個のゆりかごを作るのに二時間近くかけるそうです。こういう名前を付けた人は、本当に”謙虚”に自然を見ていたんだろうな、と感じた出来事でした。
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